モンマルトルに行けば壁抜け男に会えるらしい
ミュージカルが好きな友人から「壁抜け男」のDVDを貸してもらった。「壁抜け男」はフランス小説が原作のミュージカルで、今から遡ること10年弱前に劇団四季が上演していた。なんとなく聞いたことがあったが名前の怪しさから今まで特段興味を示してこなかった。なにしろ私が好きなミュージカルは「オペラ座の怪人」や「ウィキッド」のようなドラマティックでファンタジーなものであり、江戸川乱歩の「人間椅子」的な怪しさを感じる物語ではない。(江戸川乱歩は好きだがミュージカルには求めていない。)
ところがある日、友人から「たかた、『壁抜け男』好きだと思うから観てみて」と言われ成り行きでDVDを借りることとなった。友人が言うから…、ということで鑑賞してみたところ、これがドはまりだった。観終えるころにはオエオエ泣いていた。ある日突然壁を通り抜けるという特殊能力を得た主人公が憧れの人妻と恋に落ちる話なのだが、これだけ言えば意味も分からないし滑稽な話に聞こえる。それこそ人間椅子的な奇妙奇天烈さを感じるあらすじだ。しかし、この理解しがたいあらすじの中に様々なドラマが詰まっている。割とフラットに話しが進んでいく様はまさしくフランス文学という感じだ。
しかしこの作品の最大の魅力は音楽てはないかと私は思う。ミシェル・ルグランが手がけた曲の数々は、全体的に素朴で街で流れていたら聞き流してしまいそうになるが、パリの情景を思い出させるようなロマンティックさもまた感じさせる。日常の中のドラマと言う感じだ。私自身はどちらかというとじめじめしたロンドンのような場所の方が好むので、華やかなパリのような所はあまり好きではない。だが、この作品の舞台のモンマルトルという場所はどうやらパリの中でも下町で素朴な場所のようだ。その質素な感じが曲にも現れているにもかかわらず、しっかりフランスを感じさせるロマンティックな旋律が度々出現するのだ。私はこの曲にすっかり魅了され、繰り返し繰り返し聴いていた。
この壁抜け男、日本でも海外諸国でも大ヒットとはならなかったようで、ブロードウェイでは大きくリメイクされて上演されたようだ。それは演出だけではなく音楽も同じで、ブロードウェイ版は大々的にアレンジされている。そのアレンジがまたかなり良い。こちらはフランス版の素朴さは残しつつも、劇向けなドラマティックなアレンジもある。このアレンジを件の友人に逆輸入したとっころ、彼女もえらく感動していたのが印象的だった。いつかこのブロードウェイ版も観てみたいものだ。
さて、この壁抜け男。原作小説はフランスでは有名な作品なようで、パリ・モンマルトルまで行けばオブジェ化されているようだ。ちゃんと壁を抜けようとしている銅像なんだとか。先にも言ったが、私は華やかな場所は好まないが、モンマルトルへの興味は津々である。行きたいところも観たいこともこんなにたくさんあって人生、時間は足りるのだろうか。最近の悩みは時間に関するものばかりだ。