[感想] ダークタワー VI スザンナの歌
スティーヴン・キングの長編ダークタワーもいよいよ終盤。(文庫本14冊中の11~12冊にあたる)
旅の終わりが見えてきて嬉しい反面、彼らとの別れが寂しくなる部分もあって複雑。
これまでのあらすじ
「狼」との戦いのあと、姿を消したスザンナ。彼女はジェイクを助けた際に妖魔と交わることで身重になっており刻々と出産の時は近づいていた。その子どもを守るためミーアという人格がスザンナの中に誕生し、体の支配を奪う。
ミーアは十三番目の黒球を使い、異世界へ通じるドアを使ってNYへ行ってしまった。そしてドアは閉じられた。
マニの民の協力を得てドアを開くことに成功したローランド、エディ、ジェイク、オイ、キャラハン。彼らは2つの目的のため2チームに分かれ、違う時代のNYを目指す。
スザンナを追うのはローランドとエディ。塔への手がかりである薔薇を追うのはジェイクとキャラハン。
しかし、ドアをくぐり抜けるところでチームはそれぞれ逆の目的地についてしまう。そして彼らに待ち受ける運命とは…。
感想
時間的には前作が終わってすぐのところから物語が始まるのでとても入っていきやすくなっている。
キングは本作と次作を一気に書き上げたのもあって、本作は来たるクライマックスを予感させるような雰囲気がある。ジャンプする直前の予備動作のような立ち位置といえるだろう。
バラバラになっても繋がっている「カ・テット」の絆や思いの強さがよく描かれていると思う。ジェイクの成長を見るのが本当に嬉しい。たくましくなった…。
気に入ったところ
ジェイクはローランドを見て、できるかぎり明確に思考を送った。ローランド、助けてよ。
すると、ひとつの言葉が返ってきた。冷ややかだが、心慰められる言葉だった(ああ、でも、冷ややかな慰めであっても、まったくないよりはましだ)。その言葉とは、「できればな」
塔を支える6本のビームが残り2本だけになっていたことを知ったジェイク。彼は塔が倒れた後に起こる世界崩壊に怯えている。どうしようもないと分かっていながらもローランドに助けを求めるが、返ってきたのは冷ややかな慰めだった。でも、ないよりはましだ。
エディは妻に帰ってきて欲しがっている。ジェイクは自分の友人を取り戻したかった。エディの望みはいずれかなうかもしれないが、ジェイク・チェンバーズのそれはけっして実現しない。死とは与え続けられる恩寵。死はダイアモンドのように永遠だ。
スザンナはいなくなったものの、命は落としていない。彼らカ・テットは深くつながっており、それぞれに何かが起きた場合はそうと分かるようになっている。
しかし、「狼」との戦いの最中に命を落としたジェイクの友人ベニー・スライトマンは…。人は死んだらもう本当に終わりで、どうしようもないことを突きつけられる一文。
ジェイクはしかめた顔をそむけて、こう思った。おまえはガンスリンガーなんだぞ、もっと勇気を持て。かれは強いて視線を戻した。
異世界(NY)へ通じるドアを目指している途中、ベニーが落命するきっかけになった場所を通ったジェイク。ドジを踏んだ女の子を助けなければベニーは死ななかったかもしれないと思いつつ、自分を奮い立たせる。辛さが人を成長させると思わせるシーン。少年から青年への階段を登っているのがよく伝わってくる。
エディはジェイクの肩に手を回そうとした。ジェイクはそれを振り払い、かれから離れた。エディは困惑しているようだった。ローランドは〈ウォッチ・ミー〉をしているときの表情を保っていた。だが、内心では陰湿な喜びを感じていた。まだジェイクは十三にもなっていない。にもかかわらず、鋼の心を持ち合わせている。
異世界へ通じるドアをくぐるためにはこちらの世界にあったものは基本的に持っていけない。長く旅をともにしてきた小動物のオイを断腸の思いで置いていくと決めたジェイクを慰めようとするエディだったが、ジェイクの心は強かった。ジェイクの成長に無表情ながら喜びを感じてしまうローランド。性格悪いぞコラ!
ローランドは手を伸ばし、髪から血が飛び散るくらいエディの頰を思いきりたたいた。「襲撃者だ!おれたちを殺しに来たのだ!皆殺しにされるぞ!」
エディの見える方の目がはっきりした。すぐにそうなった。それに要した努力──正気を単に取り戻すためのそれではなく、割れそうに痛む頭を抱えながらも正気を素早く取り戻す努力──が目に見えるようだった。ローランドはエディを誇りに思った。かれはカスバート・オールグッドの生まれ変わりだった。まぎれもなくカスバート本人だ。
異世界に吸い込まれる際、ドアにぶつかり負傷したエディとギリギリ致命傷を免れたローランド。彼らは堅気じゃない人に待ち伏せされ熱烈な歓迎を受けていた。極限状態でもすぐに正気を取り戻したエディにローランドはかつての旧友カスバートを見た。ドアを抜けたらすぐ銃撃を受け、これから繰り広げられるであろう二人の戦いに血が滾る。
「できれば、やつの動きを遅くしろ」ローランドが言った。「まだ十分じゃない」
「アンドリーニの動きを遅くしろだって?」エディはきいた。「どうやって?」「おまえの休むことのない口でだ!」ローランドは声を張りあげた。そしてエディは素晴らしく心温まるものを見た。ローランドがニヤリとしていたのだ。ほとんど笑っていたと言ってもよい。
ドアを抜けた先は雑貨店だった。敵の数はとても多く、雑貨店をディーゼル油で燃やすことにしたが、まだ時間が足りない。ローランドはエディに時間を稼ぐように頼む。こんな時にもローランドスマイルが出てくるから油断ならない。ローランドが笑うシーンは超貴重だからホント好き。
「きさまが自分でしとめに来い!」ローランドが叫んだ。
(中略)
「そうだ、てめえが来い!」エディが煽った。「来やがれ、ハッタリ野郎、どうしたんだ、一人前の仕事をするのに子どもを寄越しちゃいけねえな、聞いてっか?いったい何人そこにいるんだ?二十人か?なのにおれたちはまだ生きてるぜ!さあ、来い!こっちに来て自分でやれ!それとも一生、エンリコ・バラザーのケツを舐めていたいのか?」
雑貨店は燃えているがなかなか敵はやってこない。しびれを切らしたローランドも敵を煽る。口喧嘩だったらローランドはエディに絶対勝てないなこれ…。口が達者なのもカスバートそっくりで嬉しくなる。
そうだ、かれはいま、苦痛にあえいでいる──とうとう──年とった男が普通経験するような病気に。だが、かれにはふたたび守るべき〈カ・テット〉がある。ただの〈カ・テット〉ではなく、ガンスリンガーの〈カ・テット〉であり、それは思ってもみない方法でかれの生活を新鮮なものにしてくれた。それには価値があった。ただ〈暗黒の塔〉ではなく、すべての価値があった。
故郷ギリアドが陥落したのち長い間一人で塔を求め旅をするローランドだったが、今は再び守るべきカ・テットがある。仲間を得てから彼は笑うようになったし、仲間から色んな話を聞いたり、また自分の話を語ったりした。もちろんガンスリンガーとしての指導も。彼にとって塔が一番なのは間違いないけど、カ・テットもまた大事なものなのだということを改めて教えられるシーン。
ローランドは一度立ち止まって、喉を三度たたいた。海を渡るときにローランドがこの儀式をするのを、エディは見たことがあった。どういう意味なのかたずねてみようと思っていたが、そのチャンスはけっして訪れることはなかった。エディがそのことをふたたび思い出し、ローランドに質問するより早く、死がふたりのあいだに忍び込んできたからである。
おい、嘘だろ…。こんなにビンビンに立っている死亡フラグは辛くなるからやめてくれ…。カ・テットの誰かが欠けるのは確実なことを知らされてショック。前作からちょこちょこと誰かが無事では済まないということは匂わせていたけれど、改めてこう突きつけられると終わりが近いってことを強く感じるようになる。
「(前略) そしてエディが……」ローランドは一瞬黙った。「エディ、まだ運転の仕方を覚えているか?」
「ローランド、おれ、傷ついちゃったな」
ローランドは絶好調のときでもユーモアのある人間とは言えなかったが、いまも微笑みもしなかった。
薔薇絡みでカルヴィン・タワー(!)に車で会いにいくところの一コマ。
ローランドにはユーモアのセンスが絶望になく、他の仲間にはウケていても彼には全くウケてないことがよくある。エディのそれでもめげずに冗談を言い続けるハートの強さは本当にすごい。ローランドも悪気があるわけなじゃないんだ…。エディのボケを無視しているわけじゃないんだ…。ただユーモアがないだけなんだ…。
ローランドは自分のしていることをきちんとわきまえていた。前にもやったことがあるし、今回の場合、弾丸は深く入っていなかった。すべては九十秒で終わったが、エディの人生のなかでもっとも長い一分半だった。最後にローランドは、エディのぎゅっと閉じられた片手をペンチでトントンとたたいた。エディがなんとか指を広げると、ガンスリンガーはペチャンコになった鉛の塊を落とした。
「記念に取っておけ」ローランドは言った。「骨の一歩手前で止まっていた。こすれるような音がしただろう」
エディはつぶれた鉛の塊を見つめ、おはじきを飛ばすようにリノリウムの床へ弾き飛ばした。「こんなもん欲しくねえ」エディは額を拭った。
雑貨店でエディは撃たれた。そしてその弾丸は貫通しておらず、それをローランドが摘出した。エディの弾丸摘出記念だ!麻酔もないからめちゃくちゃ痛そうで、それを何とか耐えたエディ。やる時はやる男。でも抜けた歯とかならいざ知らず、自分の体の中から出てきた弾丸なんて欲しくないだろ…。エディが後生大事に取っておくタイプじゃなくて安心したシーン。ガンスリンガーは摘出した弾丸を記念にとっておく慣習でもあるのだろうか…。
「ああ。途中でアスピリンを買える」
「アスティン」ローランドが明らかな愛情を込めて言った。
弾丸を摘出したものの、痛みは引かない。アスピリンが必要だ。ローランドは何回エディが教えてもアスピリンと発音できなくて、それでも再びその名を口にするのがうれしい様子。エディが仲間になる時はローランドが重傷でアスピリンを飲んでいたよなぁと感慨深くなるシーン。
エディはカラムの車の運転席に滑り込み、突然、タワーにもアーロン・ディープノウにも二度と会えないのだと確信した。キャラハン神父を除けば、だれも会うことはない。別れが始まっていた。
いざカルヴィンのところへ出発というところで、別れが始まっていたとか言われるのマジできつい。何回も要所要所でこれから色んな別れがくるよーって書かれるのは本当に悲しくなるからヤメテ。
そしておれたちは、ほぼ〈ビーム〉の中心にいる。まるで〈ビーム〉がおれたちを滝に向かって峡谷を運んでいるような気がする。「だが、恐ろしい」ローランドは言った。「すべての中心──おそらく、〈塔〉そのもの──に近づいているような気がする。まるで、これまでの長い歳月を経たあと、おれにとっては旅そのものが大切だったような気がする。だから、それが終わるのは恐ろしい」
塔へ近づいているような思いを強くしたローランドたったが、自分も同じく旅の終わりは嬉しさや悲しさ、寂しさが入り混じった感情をいだくことになる。長い長い旅の終わりがもうすぐだと思うと恐ろしさすら感じる。終わりを知りたいが終わらないでくれとアンビバレンスな感情を呼び起こさせるシーン。
「あのさ、おれ、マジでビビッてる」エディは言った。
ローランドは手を伸ばすと、ほんのわずかなあいだエディの手を握った。
ローランドやエディを作りし神スティーヴン・キングがこの世界にいることが分かった。
スザンナを助けにいきたいエディだが、キングには会わなければいけない気がする。彼が住んでいるところを目指すものの、自分が創作された存在かどうか知るのが怖くてビビるエディ。そんな彼の手をそっとローランドが握る。こういうふと見せる優しさに弱い…。
「ぼくの友だちをひき殺すところだったんだぞ!クソッタレ野郎、前を──」ドン!──「見てたのか?」
ふたたびジェイクが両のこぶしをタクシーにたたきつけるまえに──あきらかに満足するまでそうするつもりだったらしいが──ドライバーがその右のこぶしをつかんだ。
「やめろ、クソガキ!」ドライバーは怒りに震え、声が甲高くひっくり返っていた。「もう一度言うぞ──」
ジェイクは後ずさりし、背の高いタクシー・ドライバーの手から逃れた。そして目にもとまらぬ電光石火の早業で、少年はホルスターからルガーを引き抜き、ドライバーの鼻先に突きつけた。
「なんだって?」ジェイクが怒りに震えた声で言った。「ほら、言ってみろよ!おまえはスピードを出しすぎて、ぼくの友だちをひきそうになったんだぞ。頭に風穴を開けた状態でこの車道で死にたいってか?ほら、言ってみろよ!」
運よくオイもドアを通り抜けることができた。が、早速タクシーに轢かれそうになる。長年連れ添ってきた旅の友が轢かれそうになりブチギレのジェイク。オイに対する強い思いが、普段は優しい少年をここまで怒り狂わせる。ここまで他人に対して怒りをむき出しにしたのは始めて。ジェイクがどれだけオイのことを大事にしているかがよく伝わってくる。
「人質になるのはまずいということを言ってるだけなんだ。そんなことになればの話だけど。わかってくれるかな?」
「心配しないで」ジェイクはぞっとするような口調で頼もしい言葉を口にした。「そのことなら気にしないでよ、神父さん。ぼくたち、生きては捕まらない」
スザンナが捕えられているところへ向かうジェイクとキャラハン神父。そこは吸血鬼の巣窟だった。しかし生きたまま捕まってしまうと自分たちも吸血鬼になってしまうため、捕まった場合は自害するしかない。13にもなっていない少年がそのことを重々承知しているとは流石はガンスリンガー。だから…。
ジェイクは、結局のところ、ガンスリンガーなのだ。
少年は首を横に振った。
「計画なんてない。ほとんどね。ぼくが先に行く。神父さんはすぐあとに続いて。ドアを抜けたら、二手に分かれる。場所があればだけど、常に三メートル離れて立つ、神父さん──わかった?どんなに敵がたくさんいようが、どんなに近くまで迫られようが、やつらに二人同時にやられないようにするために」
ローランドの教えだ。そのことを知っていたので、キャラハンはうなずいた。
(中略)
「中に入ったら、一緒にいてよ。ずっとそばにね。オイをまんなかにして、横一列に進もう。ワン、ツー、スリーで突入する。始まったら、死ぬまでやめない」
お互いに死を覚悟しつつ最後の打ち合わせをする二人。死を覚悟して戦うことは死ぬために戦うことではないけど、どちらかあるいは両方が死ぬかもしれないことを感じさせるシーン。吸血鬼の巣窟へ踏み込むシーンで場面は変わり、二人がどうなったのかは次作で語られる。
最後に
スザンナが絶体絶命!どうなる!?というところで続く本作は、カ・テットが塔へ近づきつつある感触と別れがそう遠くないうちに訪れることを感じさせる。
最初に欠けてしまうのは誰なのか?
そしてどような別れが彼らを待っているのか?
塔へたどり着いた時一体何があるのか?
色々な考えが頭の中を巡った。
次はいよいよ最終章。彼らの旅の終わりを早く見届けたい。