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【読書ノート】父の詫び状 向田邦子 著

こんばんは。
めぐみティコです。
普段は愚にもつかない文章を書き散らしていますが、読書するならエッセイ。
エッセイから読み取れる筆者の生き方、考え方、物事に対する眼差しには学ぶべきところも多いものですが、それでいてルポルタージュや純文学ほどに重苦しくなく、そんな文章をわたしは書きたいと思うからです。
(エッセイの面白さって大人になるまでわかんなかったよね)

今日取り上げるのは、70年代を代表するドラマ脚本家・向田邦子の第一エッセイ集『父の詫び状』です。
このエッセイ集の存在はずっと知っていました。
古い本なのに、平積みしている本屋さんもありました。でも、わたしの人生には交わってこなかった。
今になって読んだのは、ある人に薦められたからです。
もっと早く読んでおけばよかったなぁ⋯⋯と思ったので、共有します。

『父の詫び状』 向田邦子著(文春文庫)


著者 向田邦子について

昭和4年、東京に生まれました。
幼いころは保険会社の幹部だった父の転勤によって、日本各地を転々としながら育ちます。
特に小学生の頃に数年間を過ごした鹿児島での思い出や印象が鮮烈だったようで、本書にもたびたび鹿児島時代のエピソードが語られています。
雑誌編集者を勤めたのち、脚本家として活躍。
ホームドラマの名手だったとのことですが、『父の詫び状』を読むとさもありなん、といった感じです。
エッセイや小説も手がけ、直木賞も受賞するなど順風満帆の作家生活の最中、昭和56年飛行機事故によって51年の生涯をとじました。
余談ですが、沢木耕太郎の解説に彼女の死が《ついに確認されたという報が彼女の留守番電話の声と共に流されるようになった》とあったのですが、わたしなんとなくこれ知っているなと思いました。
「向田邦子です。ただいま台湾に旅行に行っています」みたいな音声だったかと思うのですが、わたしが生まれる前の話です。
ドラマにもなったことがある方だそうです。それで見たことがあるのだろうと思いますが、映像の方や演じた女優さんについてはまるで覚えておらず⋯⋯。
記憶というのはつくづくいい加減です。

『父の詫び状』概要

宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞……だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交えて見事に描き出し、「真打ち」として絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。航空機事故で急逝した筆者の第一エッセイ集。

文庫裏表紙

読後雑感

日本酒のような文章だ、と思いました。
するすると素直に入ってきて、じわっとお腹の底にあたたかく広がっていくような、そんな語り口。
いくらでも飲めてしまいそうで、実際飲めてしまうからとそのまま続けていると、いつしかふわふわと彼女の語る向田家や香川の女学校、自宅マンションでの名だたる女優さんたちとの女子会に誘われ、心地よい酩酊感を覚えているのです。
こんな酔い方なら、毎日でもしていたい。

本書には、飛行機の、それも「落ちるならせめて帰りにしてください」だとか「ジャングルの中に墜落しても原住民にダイヤの指輪を進呈すればなんとかなるという友人」だとか、今となっては笑ってよいのか⋯⋯いや、笑えないよ、という話が、何度か出てきます。
飛行機の話はともかくとして、上品な、それでいて生活感のあるユーモアというものが散りばめられています。
向田邦子はわたしの祖父と同世代ですが、年上の友達と、気楽なおしゃべりをしているような気分になるのです。
生きていた時代はわたしとは全く重なっていません。
わたしは彼女が懐かしく語る土地に、なんの文脈ももっていません。
それなのに、わたしたち、同じ時を生き、同じものを見て、同じものを食べ、一緒に笑っていたよね。
そんな感じがするのです。
出会ってすぐに意気投合した友人というのか、「一緒にいて楽しい」。そう思いました。

他の著作も蔵書に迎え入れ、読んでみようと思っています。

おわりに

なんで存在をずっと認識していたのに、今まで読んでこなかったのだろう。
心から、そう思っています。
一冊の本が人生を変える。
そうしたフレーズを耳にする機会はこれまでにも何度もありました。
ですが、それを実感したことはありません。
本を読むのは好きですが、どの本も一瞬だけとどまりはするものの、いつしかわたしの目の前を通過していきました。
今、まさに「人生が変わる」瞬間にわたしは立ち会っているのかもしれません。
わたしの描きたいもの、見せたいものが定まった。
そんな気がするのです
すきになった時にはもういなかった人を思うのは、切ないものです。
ですが、わたしは著作によって彼女の暮らしを、想いを、その空気を追いかけるだろう、そんな予感がしています。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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