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憧れの神保町

「そうだ、神保町に行こう」

そう思い立ち、足を運んだ。
わたしが住む蝦夷地から神保町へは気楽に行けるとは言い難い距離。
実際には1ヶ月前に飛行機と宿を押さえてのことだったのだけど、出かけるときのテンションとしてはそんな感じだった。
わたしは「そうだ、◯◯行こう」のテンションで簡単に飛行機に乗り、新幹線や在来線特急を乗り継ぐ尻軽女である。
過去、そんなテンションで東京や横浜、京都、神戸、出雲、伊勢、仙台、函館、帯広などなどに出かけてきた。
遠征ばっかりしていたバンギャだったので、その辺の重さは全然ない。貯金も全然ない。
#どうでもいいか

旅先でまったくと言っていいほど写真を撮らない女である。
撮るという発想にならない。
同行者がいた場合は「撮らなくていいの?」と言われて「こういう場面では写真を撮るものなのだな」と気がつき、「あっ、そっすよね」とヘラヘラしながら申し訳程度に数枚撮影する。
だからわたしのカメラロールはパグ姉妹やヘビ、トカゲ以外には推しのスクショで埋まっている(念の為申し添えておきますがここでいう「推し」はコニシさんのことではないです)。
このときの神保町はソロ旅だったので、当然のことながら写真は1枚もない。
なので文章だけでそのときの様子を綴っていく。

暑かった。とにかく暑かった。街じゅう全部がサウナだった。
蝦夷地も暑くはなるけれど、何というか、質が違う。
蝦夷地の暑さには品がある。
暑くなる日は朝から何となくそんな予感をさせる匂いが空気に混じっていて、「今日は30度超えますし、何なら35度くらいまで行きそうですけどいいですか?」と遠慮がちにこちらに尋ねてきてくれる、そんな慎み深さがある。
だから「仕方ないわね、今日だけよ」と許してやろうかという気にもなるのだ。
ところが東京にはそんな配慮がまったく感じられない。
とにかく一切が暴力的なのである。早朝から全力でぶっとばしている。
地下に入ると暑さは幾分マシにはなるけれど、湿度がおかしい。H2O分子に阻まれて酸素がうまく取り込めていない感がある。ずっとそこにいると自分までべちゃべちゃに結露しそうな気がする。
わたしの前髪とアホ毛は東京に来てからいっそう激しい反抗期を迎え、ついぞ終わることはなかった。
#なんのはなしですか

神保町には初めて訪れる。
というか、ブックオフ以外の古書店に行くのも初めてのことである。
蝦夷地にも古書店街(というほどの規模のものでもないけど)もないことはないのだけど、北大の近くに展開されていて、学生や教員相手に専門書を扱う店舗がほとんど。
だから、ただ文学や美術・デザイン、軽めの社会学を嗜みたいだけのわたしには縁がない。

今回のお目当ては、中原淳一や高畠華宵、竹久夢二など往年の少女画家の作品。
特に「それいゆ」や「ひまわり」が手に入ったら嬉しいな、と思ってはいたけど、絶対に何がなんでも見つけ出してやるという気概もなかった。
絶対にほしいのなら、日参しないと難しいだろうということも分かっていたから。

ぷらぷら歩いていると、路地の端っこ、美術・デザイン系の本を扱う「ボヘミアンズギルド」にたどりついた。
ここならお目当てのものがなくても楽しめそうだと思い、事前に「絶対立ち寄りたい店」として目星をつけてきていたのだ。
屋号を掲げたオレンジ色の軒先テントをくぐり、店内に入る。
入り口右手すぐの棚に芸術新潮のバックナンバーがずらりと並べられているのを見つけ、テンションが上がった。
若冲、国芳、芳年、暁斎……推し絵師たちの特集号を片っ端から引っ張り出して手に入れたくなるも、ここはぐっと我慢。
何せホテルを奮発してしまったのだ。予算は限られている。

奥に行くにつれほの暗くなってゆく縦長の店内をぐるり回遊し、日本人美術家の棚へ。
「中原淳一」というインデックスが飛び出しているのを見つけ、ワクワクしながら棚を凝視するも、さほど古くはない展覧会の図録や画集ばかりが並んでいて、少し拍子抜け。
上の方に視線を向けると、函入りの『乙女の港』『歌劇学校』など、中原淳一が挿絵を手掛けた同じ装丁の少女小説が5、6冊並んでいた。
ちなみにこれらの著者は川端康成。
今で言うと、平野啓一郎が角川ビーンズ文庫で書いているような感じである。
……欲しい。
函入りのものは、確か戦前に刊行されたもののはず。
え、でもこれって明らかにセット的な扱いだよね?
バラバラで買えるようになってるけど、同じサイズ、同じ函入り、同じ棚にお行儀よく納まっている……。
全部買う予算もスーツケースの余白もないから、せめて『乙女の港』だけでも。
でも、これ1冊だけ買うのって野暮じゃない?
お店の人に嫌な顔されない? どうなのそのへん?

欲しいと思えるものが見つかって嬉しいはずなのに、生来の引っ込み思案、考えすぎ気質、そして神保町ビギナーであるという負い目が顔を出してきてレジに持っていけない。
炎天下を歩いてきたということも相まって、ジャングル柄のワンピースの中で変な汗が背中を伝う。
わたしはそのまま逃げるように店の外に出てしまった。
ギャラリーのようで見るだけで楽しいと事前に情報を得ていた2階も見ることができなかった。
過剰な自意識によって機会を逃しがちな性質は、旅先でも健在だった。
そんなわたしはINFJ、もしくはINFPのどちらかに必ず診断される。
#どうでもいいか

ああ、憧れの戦前の空気そのままの中原淳一。
あそこで日和って買えなかったということは、わたしにはまだその資格がないということ。
再訪したときにまだお店にあったなら、今度は全部揃えて迎えたい。
BOOK HOTEL神保町を宿とし、潤沢な予算と一回り大きなスーツケースを持って、80年前の乙女の憧れをまるごと保護するのだ。

でも、あそこに吉屋信子の『花物語』が並んでいたら、気にせずレジに持っていっただろうなとも思う。
少女小説はやはり女性の書き手が書いたものの方が、いろんな機微が素晴らしい。
いかにノーベル文学賞受賞者だろうと、実際の少女の心を分かっているかというと、甚だ疑問である。知らんけど。

結局、その日は神保町ブックセンターの1階で新刊2冊とエコバッグを買っただけだった。
そしてその2冊は、蝦夷地帰還後に訪れた蔦屋書店でも見かけた。
我ながらアホみたいな神保町体験をしたものだと思う。


これ可愛いよねぇ。
本屋さん行く時専用エコバッグにしよ



#夏の思い出
#なんのはなしですか


まじでなんだったんだろあの神保町


ねぇ、みんな見て!
コニシさんが久々にシャバに出て恋に恋する乙女活動、略してオトカツに勤しんだ記念日の記事にわたしが勝手に作ったサイトマップが貼ってある!