【連載小説】俺様人生 vol.26「失業」
結婚……?
そうもいかないのが世の流れってやつ。
アスカが働きはじめて一年になる。
俺と付き合いだして五年。
まだ家賃は払えないが、そろそろ結婚してもいいかな……?みたいな流れになっているときにそれは起こった。
いつも楽しそうに帰ってくるアスカの顔色が悪い。
どうしたの?と聞いても、ちょっとね……としか言わない。
俺は半ば強引に理由を聞き出す。
理由は、お店が潰れるかもしれない、ということだった。
アスカの店は、元々居酒屋の系列店で、居酒屋以外にも手を伸ばそうとしてのカフェ出店だったそうだ。
しかし、不景気で経営難、店は昼は賑わうが、夜はまったりした空間になっていた。
夜の部を伸ばそうと、いろいろな計画をしてきた。
つい先月までは、烏龍茶しゃぶしゃぶを出してかなりの人気があったのだが、経営陣はそれより前の数字だけで赤字とみなし、店を潰す方向に検討しているらしい。
その第一号として、店長に無理な転勤の話があったらしい。
アスカがこの店を選んだのは店長の人柄もあってだったので、アスカも相当ショックだったらしい。
店長が転勤を断るようであれば、退職を余儀なくされているらしく店長は退職の道を選ぶと、そう言ったそうだ。
アスカは泣きながら、
「俺が辞めるって言ったら、お前も辞めるって言い出すと思ったからギリギリまで言わなかった」
そう言ったと言って泣く。
「お前は店に必要な人間だから、お前は店に残れ」
と言われたらしい。
アスカの泣き声がひどくなってくる。
いかん、過呼吸の発作だ。
俺はその辺にあったマックの紙袋を持ってくると、口にあてがった。
考えてみりゃ、この一年、過呼吸の発作なんか起こしたことはなかった。
ついでにいうと、二年くらい自殺未遂もしていない。
いい流れだったのに、なんでだよ!!!
とりあえずアスカの呼吸が治まる。
俺はアスカに何て声をかければいいかわからなかったが、
「人生、そんなこともあるさ。誰かに必要とされているだけ、アスカは救われてるんだよ」
とだけ言った。
明日からは新しい店長がやってくるらしい。
「いい人だといいね」
アスカとそういいながら眠りについた。
翌日、アスカは十二時を回ってから帰宅した。
帰宅しても何もしゃべらない。
それだけで次の店長の人柄の想像がつく。
アスカは何もしゃべらず、風呂に一人で入って寝てしまった。
俺は何だか眠れなくて、酒を片手にパソコンをいじっていた。
するとアスカは起き出してきて、泣き始めた。
新しい店長は店にくるなり、店を馬鹿にした発言を繰り返し、全く違う店舗を作ると言い出したらしい。
全く違う店舗を作るというのは構わないが、今まで愛着のある店舗や、前店長を馬鹿にした発言が許せないがらしかった。
「お店の名前も変えちゃうんだって。赤ピーマンって名前、今日話してる途中で思い付いたらしいの」
スタッフの動揺もひどく、今までまとめてきたアスカに負担がかかっているらしい。
みんな前店長のほうがよかったと、出勤一日目にして文句ブーブーだったらしい。
しかも前店長は締め作業を手伝ってくれていたのに、今度の店長は、時間だから、とさっさと引き上げてしまったのだという。
今まで時間外手当てもなく頑張ってきた皆に対して、それは裏切りでしかなかった。
それでこんなに遅くまでかかったらしい。
「私、もう行きたくない」
久しぶりにアスカがそう言う。
実に一年ぶりに聞く言葉だ。
俺は少し考えると、
「アスカが行きたくないんだったら行かなくていいよ。俺がその分頑張る」
と言った。
アスカは、次の日からはもう仕事に行かなかった。
失業保険は、あと一月の差で、出なかった。
「あと一月、頑張るべきだったかな」
と悩むアスカに、俺は
「行きたくないのに無理して行って病気が悪化したら意味ないから、いいんだよ」
そう、声をかけた。
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