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【連載小説】公民館職員 vol.38「伝わる?」

3月中旬、おっさんはこっちで暮らす住みかを確認に戻ってきた。

社宅なので、確認だけで、またすぐに東京にとんぼ返りすると言う。

わずかな時間を使って私たちは食事に出る。

九時半には飛行機が飛ぶので、九時までの短い時間だ。


以前行ったイタリアンのお店で、カルパッチョにパスタにピザ。どれをとっても美味しかった。


おっさんに植田さんのことや進藤さんのことを話して聞かせる。

おっさんは、うんうん、と頷きながら話を聞いてくれる。


バレンタインのチョコのお礼を言われた。

「こんなおっさんに気ぃ使うてもらって、嬉しい」

やっぱり伝わってなかったか……

私は息を吸うと、言った。

「あれは本命チョコですっ!」

「本命?嬉しいこと言ってくれるやないか」

全然意味が伝わってない。

「田尻さん、本命というのはホントのホントですよ」

「そんなにむきにならんでもええがな」

私はもう迷わなかった。

私はもう一呼吸して言った。


「田尻さん、私はあなたのことが大好きです。結婚してください」

おっさんはむせた。

「ユキ、お前頭大丈夫か?」

「大丈夫です。今度帰ってきたら言うつもりでした」

「それは本気か?」

「本気です。お嫁さんにしてください」

私はかつてないくらい真剣におっさんと向き合った。

「わしはバツイチだし、養育費やらを支払っていて、養うほど金は持ってないぞ」

「私も働きます」

「転勤がまたあるかもしれん」

「そのときは大人しく待ってます!」


おっさん――田尻さんは少し考えていたみたいだが、

「この件は保留。次に帰ってくるときまでに返事を考えとくわ」

と言われた。私、もしかして振られるかも……


そして飛行機の時間が来て、田尻さんは東京へ帰っていった。


その日から私の脳内は田尻さんで占領された。帰ってくるまでの日付をカウントしたり、とにかく大人しく待っていられなかった。

田尻さんに何回も電話しちゃったり、メールを送ったりした。メールはちゃんと一件一件返ってきた。嫌われてはいないらしい。

東くんのときのことがあるから、慎重にはなったが、こればっかりは止められなかった。

どこに誰と何時までいたかとか、飲み会の日なんかは心配で何回もメールした。それでも田尻さんは返事をくれた。



そして3月14日、遠方に異動する人の異動の内示の日がやって来た。


私は自分はまだ異動にならないだろうとたかをくくっていた。

しかし、館長にその名を呼ばれてしまったのだ。

「佐藤くん、今、いいかな?」

「はい……?」

「佐藤くんは今度の辞令で東京事務所行きが決まった」

「えっ……東京?」

「行ってくれるよね?!」

「ええ、まあ、はい……」

なんでそこではい、と答えてしまうんだろう。サラリーマンとしての宿命か?


とりあえず田尻さんに連絡をする。

『えーっ、東京?!俺と完全に行き違いやんか』

『そうなんだ……でも、二、三年のことだから……待っててくれるよね?』

『待つか待たないかと言われれば、そりゃ待つしかないかな』

『だから、結婚式はしないで籍だけいれてもらって東京に行こうと思う。』

『なんや、結婚式もあげんてか?』

『うん……多分季節に一回帰るくらいになると思うから……』

『いやや』

『え……何が嫌なの?』

『わしはユキの晴れ姿が見たい』

『……そう言ってくれて嬉しい……というか、そう言ってくれるってことは……』

声が上ずった。

『ユキ、結婚しよう』

『ホントのホントに?!』

『ああ、ほんまや。ウェディングドレス姿もみたいからな、式は盆休みに挙げよう』

『ホントに、ホントにいいの?』

私の目からは涙が止めどなく流れてくる。

『式場なんかはわしが探しておく。お前は着るドレスと呼ぶ人のリストだけ考えればええ』

『ありがとう……!!』

私は田尻さんのその返事に感動した。やっぱりこの人を選んでよかった、そう、思ったのだった。

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ちびひめ
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