【連載小説】平々凡々な会社員が女子高生に!? vol.39 「距離」
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バレンタインを目前に、女子は色めき立っていた。
俺もミキちゃんも渡す相手が決まっているので、そんな彼女たちを見守る感じでいた。
でも、やっぱりどこのチョコがうまいとか、そういう話になる。
「こないだ行ったお店のチョコは甘すぎた」
だの、
「モモゾフのチョコは苦めで大人味」
だのと、よくもまあ、そんなに食べ歩いたもんだと思うほどだ。
俺には夏より前の記憶がない。なので、ミキちゃんが
「去年行ったじゃない?」
と言う度に覚えていない、としか言えなかった。
ミキちゃんと俺の出会いは中学一年生のときだそうだ。
俺が夏辺りに転入してきて、最初に隣の席に座ったことが始まりだという。
転入早々いじめに遭った俺を、どうやらミキちゃんに助けてもらったらしい。ここのところはミキちゃんも思い出させないように気遣ってくれているようで、はっきりしたことはわからない。
でも、それ以来ずっと親友で居てくれているようだ。
そんなミキちゃんに俺も恋した時期もあった……
今は坂井が好き。大好き。坂井の優しい声や、ちょっと照れ屋なところとか、どこをとっても、好き。
最初は男同士だからと言うこともあって、なかなか思うように感情が出せなかったりしたけど、今はそんなこともない。すっかり坂井色に染まった俺。端から見ても幸せ一色だった。
そう、だった。なのだ。
バレンタイン当日、放課後にチョコを渡すと、約束通り坂井の家へ行った。
キスはもう当たり前で、それから一歩だけ踏み出そうというとき、俺は佐藤の涙を思い出してしまったのだ。
坂井の熱い手を拒否してしまった。
一度そうなってしまうと、何の経験もない俺たちはどう修復していいかすらわからずに、気まずいままその日は送ってもらった。
その日以来会話が減っていき、とうとう坂井が言った。
「俺たち……別れたほうがいいのかな」
「そんな……」
でも強く否定出来ない俺。
「少し……少し、距離を置こう」
そう言うのが精一杯だった。
たった一つ、ほんの小さなことでこんなことになるなんて、思いもしなかった。
しかも、俺のせい……
それからは毎日一人で登校し、一人で下校する。ほんの少し前だったら当たり前だった、一人ということが、どんなに寂しいことかを知った。
ミキちゃんは気遣って色々言ってくれるけど、ミキちゃんでは埋められない大きな穴が、ぽっかり空いてしまった。
坂井はこちらを見ない。
いつもあんなに優しい笑顔を見せてくれたのに、そんな坂井はいない。
寂しい……
『寂しい寂しい寂しい寂しい』
ノート一面に書きまくる俺。
イラついて授業にも専念出来ない。
そんなとき、松永が、
「たまにはダブルデートってやつでもしてみようぜ!」
と言い出した。発案は多分ミキちゃんだろう。
俺はてっきり坂井は断るだろうと踏んでいたのだが、坂井はこう言った。
「デートってムードじゃなくなるかもしれないけど、それでもよければ俺は構わない」
ミキちゃんが、
「ユウはどうしたい?」
と聞いてくれて、俺は
「私は行きたい」
と答えた。
ダブルデート当日。
朝一番で久しぶりに坂井が迎えに来た。
久しぶりに乗る荷台。いつものように、坂井に寄り添うようにして座る。
坂井は少し驚いていたようだが、間もなく自転車を進めた。
そして、いつものように手を繋いで、電車に乗った。
いつものようにしているだけだけど、何故かとてもドキドキした。不思議な感じ。坂井が握る手を少し強めた。
おそらく、俺と同じことを思ったに違いない。
集合場所まで、そのまま手を繋いでいた。
その手は優しく、温かかった。