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【連載小説】公民館職員 vol.35「理解」
おっさんは翌日、飛行機で東京へ戻った。
見送りに行きたかったけど、今日は外せない仕事があったから、行くことはかなわなかった。
おっさんは
「見送りなんて恥ずかしい、来なくてええからな」
と言っていたし。
おっさんが戻ってから、私はまた魂の抜けたような日々を過ごす。
そんなときだった。
「え……?!植田さんが倒れた?!」
植田さんは自宅に一人でいるときに倒れたらしい。帰ってきた息子さんが発見し、救急車を呼んだらしい。
私は、急いでお見舞いへ行こうとしたが、館長が、「まだ面会謝絶だから」と言って私を止めた。
植田さんは脳溢血で倒れたそうだ。安否はまだわからないらしい。
私は、いつも娘のように扱ってくれる植田さんが大好きだ。
いつだったか、自宅にいるときに手元が暗い中で文字を書いたり、裁縫をしたりするのが困難だという話をしたとき、すぐ翌日に息子さんが使っていたテーブルライトを持ってきてくれたり、初物の果物を買ってきたときは必ず清掃員室に呼んでくれたりした。面倒見のよい明るい性格で、私のくよくよを、よくなぎはらってくれた。
その植田さんが命に関わる病気だという……!!
私は、なにもできない自分を不甲斐なく思った。
みんなは一清掃員が倒れたとしか受け取っていない。清掃にはヘルプで別の人が入っている。だから、何も問題はないと、そういう空気だ。
でも私は違った。
植田さんのいない公民館なんて、具のない味噌汁だ。
何日も面会謝絶が続いた。
そんな中で進藤さんたちの勝負の日がやってきた。
私は植田さんに相談できないことを悔しく、悲しく思う。
進藤さんと長沢さんは、この日、スーツで決めていた。やはり男前な人のスーツ姿はかっこいい。特に長沢さんなんて、雑誌のモデルみたいだ。
二人はやはりとても緊張していた。
なんとかほぐそうとするが、うまくほぐしてあげられない。
そのまま進藤さんの家についた。ご両親には前もって大事な話がある、と言っておいたらしい。多分私と結婚するって話と勘違いしているに違いない。
「ただいま」
「おじゃまします」
「おじゃましまーす」
ご両親は長沢さんがなぜ付いてきたか、わからないようだ。そりゃそうだろう。婚約話に他の人が混じる必要はないんだから。
「今日は二人に大事な話をしたい」
進藤さんが切り出す。
「僕は嘘をついていました。父さんや母さんに嘘をついていました」
お父さんが、
「なんだ、なんでも聞くから言ってみろ」
と言う。
「僕はユキさんと付き合っているという嘘をつきました」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「実は、お付き合いしているのは、ユキさんじゃなくて、こちらの長沢くんです!!」
お父さんとお母さんは目を丸くした。
「こちらの……って、男じゃないか!」
「うん、男同士だけど、好きなんだ」
長沢さんは黙っている。
「男同士で……って、お前、どうしちゃったの?」
お母さんは震えている。
「僕たち、結婚したいんです」
長沢さんが口を開いた。
「お前、なに言ってんだ?男同士は結婚なんて出来ないだろうが」
お父さんは殴りかかる勢いで叫ぶ。
「アメリカ国籍になれば、結婚できる州があるんだ」
進藤さんが続ける。
「僕たちがおかしいのはわかってる。でも、父さんや母さんにわかってほしいんだ!!」
お父さんが長沢さんにつかみかかりながら叫ぶ。
「お前か……お前がこいつをたぶらかして……!!」
「やーめーて!やめてください!」
やっと私の出番が来た。
「だってあんた、この前ユキさんを彼女って連れてきたばかりじゃない」
お母さんは泣いている。
「それは、僕たちが付き合ってることを内緒にしようと思って、ユキさんに彼女のふりをしてもらったんだ……!!」
進藤さんは泣きながら言う。
「だけど、それじゃ僕らはいつまで経っても幸せになれない、だから!」
「だから父さんや母さんは傷ついてもいいってわけか」
私が口を挟む。
「ですから、お二人が幸せなら、親として、幸せなんじゃないですか?」
「それとこれとは話が別だ!」
お父さんの怒りは頂点に達した。
ここで一旦解散して、冷静に考えてみようということでこの場をまとめた。
「ばか野郎が……」
お父さんが泣いている。お母さんも泣いている。
進藤さんは長沢さんに支えられその場をあとにした。
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