見出し画像

[生活][介護]朝のルーティンと振り返り

(写真はすでに小さな蕾が見え始めている梅の木)

昨年から始めているroutinery なるアプリを使って、朝のルーティンを行なっています。

1.7時起床、ベッドを整える
2.水を飲む
3.体重を測る
4. apple music でメディテーションをかける
5.風呂を沸かす(私は体の事情があって、朝と夜に入るようにしている)
6.日記を書く(朝の体調具合)+その日の仕事再確認
7. 風呂に入る
8. 朝散歩
9.肩回しや太腿あげ、上体回しなど体操一式
10. コーヒーとお茶を用意(また水分を別に補給)
11. 香を炊いてお祈り(亡くなった家族等への挨拶)
12. 朝食、歯磨き
13. 薬とビタミン補給
14. ヨガマットでストレッチ
15. 自立訓練法(と呼吸で整える)
16. 机につく(8時半から9時のあいだ)

だいたいこんな感じだが、およそ90分~2時間ぐらい。時間がズレても調整できるアプリで、融通がきくのがありがたい。
ほぼ毎日続けることができていて、なかなか調子がいい。アルコールもほとんど飲まなくなって、このままやめてしまうかも。

ただ持病もあるので、これは致し方ないことである(持病については今度書く)。それでも毎日続けていると気持ちは落ち着く。今年も正月3が日は全てクリアできた(昨年12月も3分の2は達成)。

しかし医者(というか医療)がよく語る言葉で、早めの受診をというのがあるが、早めに行くと見つからない場合だってある。おかしなものだ。

ちなみに、そういうことを聞いたりするような、つまり医者にかかる前の相談所のような「場所/人」が必要なのだよね。私は書店を経営していた時、かなりの程度で人生(健康や仕事上の悩み等々)相談を受けていたのだけど(もちろんプロではないから下手なことは言えない)、それでも話せる「場所」があることで、とても感謝されていたのだったよ。一例をあげる。精神科医が翻訳を出して、そのイベントには医者やら心理師、看護師などが集まったのだが、帰り際に参加してくださったソーシャルワーカーの方から「こういう場所があるのはとても大事なことですね」と言われましたね。

私は自信を持っていうけど、10年先の書店をやっていたと思っている。今は閉めてしまっているけど、これこそが公共の(というよりpublicとしての)あるべき場所なのだと。どうも日本語の「公共」は行政的な言葉で好きではない。

だから、私はまた元気になったら、そんな場所をまた作れたらいいなと夢想している。しかし、その個人書店を母の(父もだ!)在宅介護しながらやっていたのです。えらくないですか(笑)。自分、本当によくやってたなと思うし、やりすぎで体壊した、というのもまた事実だ。

新本と古書も扱って、コロナ禍以後、2年間で44本も配信のイベントをやった。ひとりで出演してやるようなものじゃない、ちゃんと先生だったり編集者や詩人や作家などを招いて。かつ、遠方との生配信みたいなことも。

それはからだと心が壊れるな、といまにして思う。イベントが終わって、そこから介護だもの。そのあいだには、手伝ってくれた方が亡くなってしまったことだってあった。振り返れば、本当に大変だった。在宅介護も凄まじかったが、その過程での仕事も、また限界にあった。

それゆえ今年はまず自身の心身復調に専念。それから仕事。仕事と同じレベルで、母のこれからを検討する。これが私の2025年の大枠としてのやること。
焦らずいきます。

それでついさっき、天敵である姉が義兄と挨拶に来た(笑)。姉とは大・大激突した昨年だったが(介護でのきょうだい間の諍いはよくあるのだ)、さて今年はどうなるだろうか。

仕事初め。今年は、画期の一年になります。まずは原稿のチェックから。 

いいなと思ったら応援しよう!