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認知症課題の解決にプラットフォーム実現が必要不可欠な理由

Theoria technologiesは、「認知症との向き合い方を、テクノロジーで変えていく」をミッションに設立しました。このミッションをどのように実現していくのか、取締役COOの坂田 耕平に話を聞きました。

Theoria technologies株式会社 取締役COO
坂田 耕平(さかた こうへい)
マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパンにて国内製薬メーカーの研究開発戦略立案・組織改革支援、消費財・小売業界におけるM&A支援、海外進出戦略策定など国内外のプロジェクトに従事。2013年にバイエルクロップサイエンス株式会社に入社後、2016年にバイエルベトナム社の代表に就任。2019年からはシンガポールを拠点に、デジタル農業の新規事業開発を手掛けるコーポレートベンチャービルディングチームを立ち上げ、社内ベンチャーのインキュベーションと事業拡大を推進。2022年からは日本および韓国の事業責任者として、持続可能な農業を実現するための既存技術とデジタル技術を掛け合わせたソリューションの開発・普及に貢献。2024年7月より現職。


イノベーションのジレンマに立ち向かう

認知症は、今の日本が抱える一番大きな社会問題だと認識しています。もしも課題先進国といわれている日本がこの問題を乗り越えられなければ、世界中が同じような状況に陥ることを意味します。これを言い換えると、認知症課題の解決は、日本がグローバルレベルでオピニオンリーダーかつ社会実装の推進役として、ソリューションを提供できる分野でもあります。

こうした社会的意義がある分野において、エーザイという日本の製薬企業が、「複合的な予防アプローチで、認知症自体がなくなる世界を作りたい」というビジョンを持っている。さらに、既存のアセットを活用しながらも本業とは異なるビジネスモデルや事業を新会社設立によって実現するコーポレートベンチャービルディングという新しい手法を用いて、このビジョンをデジタルを活用して実現するために会社を立ち上げることに共感しました。

私にとって、「イノベーションのジレンマに立ち向かう」ということは、キャリアの中で挑戦してきたもので、やりがいがあると感じ、取締役COO就任を決める大きな理由となりました。

認知症診療の現在地

認知症に対する解決策はとりわけ治療薬の登場によって、パラダイムシフトが起きつつある疾患領域です。

これまでも抗認知症薬はありましたが、近年抗Aβ抗体薬が日本で承認され、臨床でも用いられるようになりました。

今まで打つ手がなく、認知症と診断されることに大きな不安や恐れを抱く人が多かった中、認知機能低下の進行を遅らせるという手段が新たに加わったことが、認知症への向き合い方が変わるきっかけになったと考えられます。
そして様々な創薬メーカーが、さらに認知症の根本治療に近づけていくために、グローバルに開発投資が続けられています。

こうした流れの中で、いくつものソリューションが揃うと、将来的には根本治療に近づけると同時に、非薬物療法も含めた多重的なソリューションで、予防効果を生み出していけるのではないか期待が持たれている分野です。

認知症も乗り越えていける病気へと変わっていく

他の疾患分野でもこれまでに、「その領域での解決策が進化していく」という意味で似たような事例はありました。

例えば、生活習慣病もかつては原因不明で、ある日突然、目が見えなくなるという状態でした。今ではそれが糖尿病の合併症によるものだと分かり、糖尿病にならないための予防方法や、各ステージに効く薬も出ています。

また、不治の病だといわれたがんも、遺伝子タイプに合わせて正しい薬を選択することで、効果のある治療ができるようになったように、これまでも人類は様々な疾患を乗り越えてきました。

認知症は恐らく、その黎明期、スタート地点に立っているのではないでしょうか。今後、テクノロジーの進化と歩調を合わせて社会のリテラシー、つまり認知症への向き合い方が変わってくると、かつての生活習慣病やがんのように乗り越えていける病気に変わっていくのではないかと思っています。

ソリューションが生まれる場をつくる、認知症プラットフォーム構築

Theoriaが目指すのは、生活者や認知症の当事者様が、自分らしく”生ききる”を実現する世界です。

この世界の実現には、認知症に関わるすべての人が「最適なタイミングで最適な選択肢」を知り、世の中の認知症への理解を深め、誤解や思い込みを解くことで当事者様が安心して暮らせる共生社会が不可欠です。

共生社会を支えるため、エーザイグループのみならず、また治療薬の分野に限らず、同様に強い志を持って認知症領域の課題解決に取り組む事業者やアカデミア、自治体といった、業界や組織を超えた協働のエコシステムの創造が必要です。

Theoriaはこの共創のインフラ的な役割を担い、事業者間のシナジーや、新たな知見やソリューションをうむための基盤となる認知症プラットフォームを構築することを事業目標の中心に掲げています。

このプラットフォームは、ソリューションを提供する方、それを必要とする認知症の当事者様、医療関係者の方が、必要なタイミングに望まれるかたちでマッチングできる場を意味しています。

認知症プラットフォームの概要
認知症プラットフォームの概要

点から線に、プラットフォーム構築で目指す「体験の最適化」

日本語で「共通基盤」と訳されることが多いプラットフォームは、互換性や連携性が低く点在するソリューションを、線で繋げる重要な役割を担います。

現在も、認知症に対するソリューションは運動プログラムや食事指導、治療薬やデジタルを活用したものなど多岐にわたります。しかし、ユーザー側からするとこれらは全て、それぞれ個別の体験として分散しています。

Theoriaがまず目指すべきところは、ユーザーの体験を点ではなく、線の状態に繋げていく「体験の最適化」だと考えています。

例えば、認知機能の低下リスクチェックを実施しリスクが高かった場合、体験の最適化が実現すると、どのような予防行動を取ればよいかがユーザーに分かるだけではなく、それをサポートするプロダクトやプログラムへのマッチング、その後のモニタリングなどが一気通貫で提供されます。提供する側も、ユーザーのリスクや予防行動を取った結果まで把握できることで、予防ソリューションの質を向上させることができます。

リアルワールドデータの連携で、ソリューション開発を促進する

このような認知症プラットフォーム構築を実現するには、ユーザーの目に見えるところでの事業連携以上に、裏側にあるデータ連携が重要です。

事業者が新たなソリューションを生むためのエビデンス構築の際にも、データインフラとして蓄積されたデータを使うことができ、データの補完性や各種プロダクトの連携性を高めることができます。

医療分野でソリューションを開発する際、従来はクローズドの治験を設計して、定められた基準に則り高度な品質管理の元でデータを取得し、プラセボ群との対比で効果検証をし、エビデンスを構築した上で、世に出していました。今後もこの重要性は変わりません。

ただ、この方法は非常に多くの手間と時間が掛かります。現在、様々なソフトウェアプログラムやセンサーを搭載したIoTハードウェアなどが組み込まれたサービスや製品が世の中で提供されており、これらから「リアルワールドデータ」といわれる人々の実生活の中で生み出された膨大なデータを取得できます。

このデータを適切な形で取得し、匿名化など個人情報やセキュリティに配慮した上で、データサイエンス技術を活用してデータ解析を実現することで、これまでにはない全く新しい知見を、より短期間、低コストで生み出すことが期待されています。

もちろん、Theoriaもエビデンスを重視する姿勢に変わりはありません。新しいテクノロジーを駆使して、認知症領域にユニークで不可欠なデータインフラを構築し、多くの事業者がソリューションを生むための社会基盤を実装できれば、従来の手法と相乗効果的に組み合わさって、技術革新を促進するのではないかと考えています。

実現を困難にしていた解決策の不在とデータ提供への不安

これまで認知症プラットフォームの実現が難しかった理由は、第一には、そもそも根本的な解決策が存在しなかったことです。そのせいで、認知症に対する恐れやスティグマ(差別や偏見)が存在し、そもそも人々が乗り越えるべき医療課題として向き合うということができていなかった領域だと思います。

解決策がないので、早期発見に対するインセンティブも乏しく、そこに対して投資する事業者がなかなかいなかったことも挙げられます。要するに、 診断されても解決策がない場合、1歩目のアクションを取ることがなかなかできなかったのです。

第二には、ユーザーから事業者へのデータ提供に対する不安や不信感が大きく、乗り越えなければいけない課題だと思います。しかし、データが正しい目的で管理され、社会課題の解決に貢献できることへの理解や支持が醸成されれば、解決策の進展が期待できます。実際、データドリブンの課題解決への社会の受容性はかなり前向きに変化していると感じています。

というのも、多岐にわたる分野でAIをはじめ最新テクノロジーが画期的なアプローチで社会課題の解決を進め、その便益が非常に大きいと明らかになる事例も増えています。

私が以前いた農業分野では、ドローンによる農薬散布の技術がありましたが、当初は普及が進みませんでした。実際に会った山陽地方のミカン農家さんでは、急斜面にミカンが植えられ、地域全体で高齢化が進むという状況にあったものの、費用や散布効果の面から、なかなかドローンを使う発想にはなりませんでした。

しかし高齢化による人手不足で労働力不足が深刻化していき、急斜面のミカン畑での作業が非常に危険で物理的に難しくなりました。一方でドローン技術が進化し、安全性やコストも改良され、あるタイミングで、新しいテクノロジーのベネフィットが、認識されていたリスクやコストを上回る状況が生まれ、社会実装が進んでいく現場に立ち会うことができた経験があります。

多岐にわたる分野で「こう使えばうまくいく」という、リスクとベネフィットをバランスしたテクノロジーの活用方法が、多くの人の実体験を通して明らかになっており、Theoriaもそのような社会実装を認知症の分野で積み重ねていきたいと思っています。

認知症プラットフォームが生み出す社会的インパクトとは

Theoriaが最終的に目指すのは、認知症の予防において行動変容を起こし、認知症の有症率を下げることです。もちろんゼロにすることは難しいですが、同時に早期発見と適切な治療に迅速に繋げていくことで、当事者様や周囲の方のQOLを向上させ、治療に掛かる医療コストを削減することを実現します。

予防による有症率の低下や治療による認知機能低下の進行抑制は、医療費のみでなく、社会全体の介護費用の削減や、ご家族による介護負担、特にインフォーマルケアで介護離職などの問題を抱える方や、介護のため働くことができない方の機会損失を抑制できます。

さらに、費用対効果が可視化されることもデジタルの強みです。それぞれのソリューションがどれだけ医療費削減などの社会インパクトに貢献したかが見えてくるでしょう。今までは、特にQOLやインフォーマルケアの機会損失を定量化できませんでしたが、この因果関係の解析と可視化を進めることによって、ソリューションの社会的価値や、より費用対効果が高いソリューションが見えてきます。

するとそこに新しい投資を呼び込め、ユーザーにとっても、どのアクションを取るかの判断軸が増えていきます。そうなると、事業者連携のシナジーが生まれてきて、将来的にこのような好循環が生まれる仕組みを作ること、その1歩目を踏み出すことがTheoriaの目下の挑戦です。

(後編につづく)