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佐渡の郷土研究者・青柳秀雄の所蔵していた『二戸郡の植物地方言』―青柳秀雄宛のハガキを読み解く

 先日、古本即売会の帰りに神保町で買い物をしていたところ驚きの掘り出し物があったので紹介していきたい。ある古本屋の棚をあさっていたところ、『二戸郡の植物地方言』藤原純蔵編(福岡尋常高等小学校理科研究部、1931年)という本を発見した。聞いたことのない本だったので奥付を確認したところ非売品と書かれていたため、貴重なのものであると判断して購入することにした。以下に写真で本の写真を掲載しておきたい。

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本の内容は各植物の学名と方言での呼び方がリスト化されており、五十音順に並べられている。

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序言によれば、「この研究調査は当校(福岡尋常高等小学校)理科研究部として数年前より企画研究に着手して居た」とあるので、発行された時期を考慮すると、この学校で藤原の指導のもとで学生たちと郷土教育の一環として行われた成果物であると考えられる。1930年代には郷土教育の必要性が提唱され様々な取り組みが進められたので、この本も郷土教育の取り組みの中で出版されたものなのだろう。(注1)編集者の藤原に関しては、少し調べてみたがよく分からなかったが、理科研究部を指導していた福岡尋常高等小学校の教員であると推測される。

 通常の本の紹介であればここで終わりだが、この本には驚くべきことに佐渡の郷土研究者として知られている青柳秀雄宛のハガキが挟み込まれており、青柳のものと思われる蔵書印も捺されていた。以下にこれらの写真を掲載しておきたい。

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このハガキは南館省一郎という人物から青柳に送付されたものであるが、以下にハガキの本文を解読できた範囲で紹介したい。なお、筆者はくずし字に関しては、まだまだ勉強中のため、もしまちがいがあればぜひご教示いただきたい。

後申越の二戸郡の植物地方言”別便を以て送呈候条 御受納下され度候 尚貴殿発行の方言集と御交換下され候はば幸甚と存じ候 二月二八日 岩手県二戸郡福岡⊡⊡⊡ 南館省一郎 ※⊡は判読できなかった部分

ハガキには発信した年代が書かれていないが、ハガキのスタンプと『二戸郡の植物地方言』の出版時期から昭和13年(1938年)と確定できる。青柳が南館に『二戸郡の植物地方言』を送付するように依頼して南館はそれに応じて本を送り、代わりに青柳が発行していた佐渡の方言に関する本を送って欲しいと依頼している。私が購入したこの本は南館が青柳の依頼に応じて送り、青柳の蔵書になったもののようである。国会図書館サーチで調べると、青柳は、『佐渡海府方言集』、『佐渡金沢村方言』など多くの佐渡の方言に関する本を出版しており、南館の言う「貴殿発行の方言集」がどの本のことなのかは分からない。

 ところで、青柳に本を送った南館省一郎はおなじみの『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』(トム・リバーフィールド編、2019年)に登場する。(注2)この本によると、『日本蒐書家名簿』(日本古書通信社、1938年)に南館の名前が載っており、蒐集分野は地理、理科、音楽、伝記であるという。南館の住所は岩手県二戸郡なので青柳とやり取りしていた人物を同一人物であろう。

 興味深いのは、青柳はどのように『二戸郡の植物地方言』を知って南館に依頼してきたのかという点である。目録を読んだり、誰かに話を聞いたりしたのだろうか。初期の民俗学関連で地域を横断した交流が頻繁に行われていたことは拙noteでも度々紹介しているが、今回の事例もその一例と言えるだろう。

(注1)1930年代の郷土教育の普及に関して検討した本では、たとえば以下の記事で紹介した『柳田国男の民俗学構想』室井康成(森話社、2010年)がある。

(注2)この本の凄さは何回も拙noteで紹介してるが、念のため再掲しておいたい。

(2022/10/16追記)以前にTwitterで書物蔵様よりご教示いただいたことを追記しておきたい。書物蔵様によれば、青柳は『図書週報』(古典社・渡辺太郎が発行していた本に関する雑誌。金沢文圃閣より復刻されている。)を購読しており、そこで『二戸郡の植物地方言』を知ったのではないかという。青柳旧蔵の『図書週報』が結構前に古本市場に出たことがあるようだ。また、上記引用した書簡の不明部分は「小学校」ではないかとご教示いただいた。

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