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忘れられた大阪の旅雑誌?『遊覧と名物』とそこに集う蒐集家たち

 大正時代以降、観光が人々の間に普及していくにつれて『旅と伝説』、『郷土風景』、『旅と郷土と』など様々な旅行と各地域の名物、名所、民俗などを紹介する雑誌が出版されるようになり、初期の民俗学の発展に寄与することになったのは知られている。これらの雑誌の中には国会図書館を中心に各図書館や研究機関に所蔵があり知られているものから忘れられたものまで様々にあると思われる。今回の記事には大正時代に出版されていた旅に関する雑誌である『遊覧と名物』という雑誌を紹介したい。

 『遊覧と名物』は国会図書館サーチで検索しても所蔵が確認できないが、大阪府中之島図書館に一部が所蔵されている。中之島図書館のWebページには過去の図書館で企画した展示の記録が掲載されているが、「大阪・味の雑誌」の紹介ページによると、『遊覧と名物』は、1巻1号(1922年4月)から2巻9号(1923年9月)までは『名物及特産』、2巻10号(1923年10月)から4巻6号(1925年6月)までは『趣味と名物』という雑誌名の変遷があったようだ。これらの雑誌は「各地の名物、特産に関するもの、名勝旧跡地・温泉地に関するもの、風俗及び郷土研究に関するもの、料理に関する記事などを掲載」していたという。なお、いずれの雑誌も日本の古本屋では高価で販売されており、上記のような所蔵状況をみても貴重な雑誌であることが分かるだろう。

 私の手元に『遊覧と名物』第5巻第7号(1926年7月)があるので、以下にいくつか雑誌の写真とどのような雑誌であるのかを理解しやすいように目次を掲載したい。雑誌の大きさは19cm×25.3cmと私がいつも紹介しているような民俗学や郷土研究関連の雑誌よりもひとまわり大きい。

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大和の皇陵 横山陽木
越後の旅 名所名物を訪ねて(承前) 津山旅人
静御前の生れた丹後の磯の村には今尚美人が多い SK投
台湾の七夕 生田春之助
宝船 鷲見桃逸
蓮生坊熊谷直實の墓? 美作花櫻
蒐集趣味は道楽ではない 鷲見東一
南国の旅西薩摩の温泉町 赤木紫石
東海道いろは四十八佛刹見立番附 杉本了趣居士考案
北から西へ南へ名物行脚(其十六)長野県の巻 鷲見東一
琉球の国劇 星芙庵異端居士
鎌倉の縁切寺 エムワイ生
四通八達の電車雑感 星満武羅生
蒐集趣味家一覧
人魚に絡む西洋の伝説 蓬莱生
旅行と見学 エス生
お国自慢の諸国名物 東日より
諸国に残る趣味の昔話
郵便切手の起源と蒐集 向陽生
浮世の風に散る土佐の夜桜 金田秋穂
名物鰹料理で一番の名ある太田旅館
嗚呼夢の世の中 故小野田信太郎氏を追憶して せいむ生
諸国名物一覧
名勝地旅館案内

興味深いのは蒐集趣味関連の記事が目立つ部分である。上記に紹介した「大阪・味の雑誌」によると、『遊覧と名物』第4巻第10号の編集後記に「本誌の使命として蒐集趣味と旅行に関する総てを網羅したい」と記載されており、蒐集趣味と旅行に関する記事を主に掲載していたことが分かる。私の持っている号でも寄稿歓迎の記事に「蒐集趣味」がある。この号のみかどうかは不明だが、蒐集趣味家一覧もあるので参考までに以下に引用してみたい。

後宮宗太郎 京都 乗車券、新聞表、名物票、駅弁、納札
横山セイジ 京都 燐票、納札、ポチ袋
天鷲三千三 京都帝大医学部医院内 活動番附、記念郵券、内外名所端書
佐藤徳二郎 京都 ポスター、番附、意匠広告
村田磯次郎 京都府構内車掌室 新聞表、記念郵券、車船券、燐票
有岡浩 京都 内外郵券、玩具
山沢康村 京都 乗車券、郵券
眞野新一 大阪 広告燐票
白井吉太郎 大阪 郵券、燐票
安田伍郎 大阪 燐票、郵券、乗車券、入浴券
藤井慶之助 大阪 広告燐票、広告乗換券、活動番附
油屋席嶋之助 大阪 意匠祝儀袋
島芳治郎 大阪 交通券、燐票、足票、箸類
三浦おいろ 大阪 趣味品一切
阪本長三郎 大阪 ポスター、広告燐票、私製御守、薬の商票
木村紫水 大阪 納札、燐票、汽電券、乗換券、新聞表
山口白兎 大阪 広告燐票、祝儀袋
二見眞義 大阪 玩具、菓子票、名木箸、御守
島光生 大阪 郵券、記念はがき
小幡実 大阪 外国郵券、絵はがき、ポスター商票
藤村新二 大阪 名物票、新聞票、廣燐票、玩具、沿図
植田小緑 大阪 玩具
山本嘉蔵 大阪 古銭
鷲見東一 堺 名物票、玩具、古珍物
金城紅谷 堺 郵券、乗車券、燐票、名物票、新聞表
上田卯一 堺 名物票、内外郵券、新聞表、箸袋
矢野浩人 大阪 面、郵券、連軸燐票、官葉
松政浩一 大阪 郵券(日朝支シャム等)
有本健次郎 神戸 乗車船券、記念はがき、記念切手
柳下儀一 神戸 内外郵券、乗換券
清水定久 神戸 燐票、記念はがき、足票、新聞表、創刊雑誌
増田市冶 神戸 外国名所はがき、内外古郵券
浅村泰三 神戸 広告燐票、包紙、浴券、劇と映画番附
山原喜一 尼ヶ崎 燐票
鈴木瀧一 姫路 燐票
丸山松蔵 兵庫 広告燐票、記念はがき、官白
鈴木新次郎 和歌山 内外貨幣及代用品類、足票、官白駅弁
木下清一郎 紀伊田辺 貝類
佐藤清一 名古屋 郵券、官白、ポスター、切手書面絵はがき
八神敬太郎 名古屋 内外乗車券一切
深見八五郎 尾張瀬戸町 内郵券、官白、私白、記念はがき
寺木義雄 神奈川 郵券、官白
木村梅次郎 東京 内外旅券
熊谷鋼太郎 東京 広告燐票、電券及乗換券、名物票、玩具
松田昇太郎 東京 駅弁名物票、玩具、角力に関する一切
矢部晴吉 東京 中華民国郵券、封紙、沿図、印影
齋藤助次郎 東京 達磨及性、自動車に関するもの
山田壽彦 茨城 官白、私白、印紙、内外郵券、記念はがき
菅野太一郎 仙台 内郵券、官製はがき
秋山一生 新潟 官白、内国記念はがき、私白、交通券
森田節太郎 鳥取 乗車船券、沿図、駅弁、名物票、納札、新聞票、其他
藤田茂 岡山 内外郵券、印紙、官白、私白
久保禎蔵 樺太 絵はがき

私が知っている人物はほとんどいない。知っているのは鷲見東一ぐらいだろうか。この名簿の作成方法は不明だが、おそらく『遊覧と名物』の投稿者や読者から募ったものと思われる。この名簿からは読者の一部が蒐集家であったことが分かるだろう。また、『遊覧と名物』は関西を中心に流通していたようだが、東日本にも読者がいたようであるのは興味深い。

 この名簿に掲載されている人物を『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』(トム・リバーフィールド編、2019年)に掲載されているかどうかを簡単に確認してみたが、載っていないように思われた。『遊覧と名物』を調べることは関西の蒐集趣味人たちの活動の研究に寄与するかもしれない。


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