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実は発行されていた?雑誌『化け物研究』―『列伝体 妖怪学前史』伊藤慎吾・氷厘亭氷泉編を読んで

柳田国男が「妖怪談義」の中で以下のように言及している雑誌があるが、この雑誌の詳細は分からず、私の中で疑問のままであった。

オバケ研究の専門雑誌が、最近に盛岡からでようとしている。また宮崎県の『郷土志資料』には、あの地方の妖怪変化の目録が、先々月から連載せられている。ばけ物はもちろんいたって古い世相の一つではあるが、それを観ようとする態度だけがこの頃やっとのことで新しくなり始めたのである。

「妖怪談義」柳田国男より

先日、この雑誌の詳細が、『列伝体 妖怪学前史』伊藤慎吾・氷厘亭氷泉編(勉誠出版、2021年)で紹介されているのを知った。この本によると、『化け物研究』は盛岡の方言研究者・橘正一によって発行が計画されていた雑誌であり、栃木県の高橋勝利の発行していた『芳賀郡土俗研究会報』2巻3号(1931年)に広告が掲載されているという。そして、この雑誌は計画のみで発行されなかったようだ。

 これで終わってしまってもおもしろくないので、『化け物研究』に関する発見をひとつ紹介したい。この雑誌は発行前のPRとして『芳賀郡土俗研究会報』以外にも広告(注1)を出しており、拙noteでも度々紹介している加賀紫水の編集していた雑誌『土の香』第4巻第4号(1931年4月)に『化け物研究』の広告が載っている。以下に写真を掲載しておきたい。

『土の香』第4巻第4号より

河童・鬼・幽霊・アマノジャク・一つ目小僧・ザシキワラシ・狐・狸・人魂・小豆磨き……こは不可解の極致、有?無?自然界の事実にないにろ信仰上の事実である。事実を探求するが学問ならば化け物も亦学問の対照物なり。然り化身の衰微と考えらるる化け物研究こそ実に正しき宗教学建設の第一歩なり。月刊雑誌『化け物研究』は遠き盛岡市新馬町橘正一氏の創刊になる。諸君奮って研究を同志と共にせられよ。(一部を現代仮名遣いにあらためた。)

『土の香』第4巻第4号より

『芳賀郡土俗研究会報』の広告には創刊ということのみが記載されているが、『土の香』の広告には、この雑誌の発行目的が記載されている。上記の広告を見る限りでは雑誌発行の明確な目的があったように思われる。雑誌は本当に発行されなかったのだろうか?

 この時代に橘が編集していた雑誌『方言と土俗』に『化け物研究』に関して言及されているかもしれないと考えて、この雑誌を確認すると、『化け物研究』の行方が分かった。第2巻第2号(1931年6月)の「編集室だより」に「雑誌「化け物研究」は、都合により「民間信仰」と改題した。迷信の全般を取扱う。第一号は「化け物号」」とある。第2巻第3号(1931年7月)の「編集室だより」には、「「民間信仰」(化け物研究)は一号限りで廃刊にする」と述べられている。ここから『化け物研究』は『民間信仰』に雑誌名を変えて発行したようだが、何らかの理由ですぐに廃刊になったということが分かる。

 橘の『民間信仰』の詳細は不明であるが、岩手県立図書館の蔵書を検索すると、橘が運営していた一言社が発行した『民間信仰』という雑誌が所蔵されていることが分かった。(岩手県立図書館の蔵書検索で「一言社」と検索すると出てくる。)この雑誌の出版年が1931年7月1日となっているため、上記で紹介した『方言と土俗』の情報と時系列的な矛盾はない。おそらくこの雑誌が『化け物研究』ではないだろうか。現物を確認してみたいところだ。

(注1)『民俗芸術』第4巻第4号にも広告を出していたようだ。古書転蓬様(Twitter:@koshotenpoh)よりTwitterでご教示いただいた。

(注2)『方言と土俗』は国会図書館デジコレの個人配信の対象になっているため、欠号を除いて自宅から閲覧できる。なお、第2巻第1号は欠号となっているので、確認できなかった。この号にも『化け物研究』に関する情報が記載されている可能性がある。

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