『都市と都市』ネタバレ感想
小島秀夫の推薦図書ということで数年前に買ったのだが、ながらく積読していた本書を先日ようやく読み終えた。
自分がミステリーに慣れていないせいもあるのか、終盤まで話の展開が緩慢で、文字数の多さや改行の独特さで読み進めるのにエネルギーを使った。
とまあ、あらすじを読んで分かる通り、本著は国境がテーマの作品となっている。物語に出てくるこの2大都市だが、お互いに隣国の住民や物を「見て」はいけないという不思議なルールがある。もし破った場合、ブリーチと呼ばれる神出鬼没の組織に攫われる……という世界だ。
そんなやんごとなき関係性の両国をまたいで熱血刑事のボルルが殺人犯を追うという話だ。
本著はヒューゴー賞やらクラーク賞やらすごいSF賞を総ナメにしているのだが、なかなかSFらしい要素が出てこないので「これは国境が身近な欧米人にしか分からないのかなぁ」とか思い、ぶっちゃけ面白みを掴みづらかった。
しかし終盤で次々と世界の秘密が明かされてゆく展開に、月並みながら目が釘付けとなった。
個人的に面白かったのはやはり「ブリーチ」たちの正体だ。上記のあらすじを読んで1984年のビッグブラザーを思い浮かべた人も多いだろう。しかし本作のブリーチはそれとは真逆で、儚く物悲しい人間的な存在なのだ。
彼らの正体はズバリ、国境のタブーを犯した人間たちである。ボルルも犯人探しで必死になるあまりとうとうタブーを踏み越えて仲間入りしてしまうのだが、それと同時に2つの都市の情報が否が応でも脳に入り込んでくる。片方の都市を完全に遮断するのが当たり前という一般人の世界には戻れないのだ。
じゃあみんなで一斉にブリーチになれば幸せになれるんじゃね?と思うのだがそうは行かない。確かにクライマックスで過激派による国境統一テロが起きた時は、それまでブギーマンのように振る舞っていたブリーチたちが対処に追われ奔走する人間臭い姿に思わず「こんなガバガバな連中が国境を取り仕切ってたのか…」と呆れ笑いしたくなった。ところが騒動が収まると住民たちは元通り隣人を「見ない」生活に戻ってしまった。
ブリーチの素性がどうあれ、人々の心に絶対的な「ブリーチ」信仰がある限り、この不可侵の国境は絶対に崩れない。無理やりこじ開けようとすれば先述のような混乱を引き起こす。
みんなブリーチになればいいのに。そうすれば国境が偽物だということが分かるのに。それを悟れるほど人間は成熟してないのかもしれない。
「国境なんて無い!ブリーチを壊滅させろ!」という陳腐なエンドに着地せず、ブリーチ像もしっかり『1984年』の頃よりアップデートされていた。今となっては若干古い小説だが、新たなディストピア(?)観を求めている人にはオススメだろう。最後には自分が今どこに立っているのか、足元を見たくなること必至だ。
最後の解説によれば本作の世界観は、ロンドンという同じ街に住む人間とネズミがまるで違う生き方をしていることから着想を得たそうだ。たしかにこの無茶苦茶な世界観をサラッと現代風ミステリーに落とし込むのは巧みの技だわ。
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