いつでもしたいことしていいのかな?
いつでもしたいことして、していいのかな?
こどもてつがく低学年
令和 4年 9月 3日(土) 飯山総合学習センター
文 杉原あやの
今回も集まった子どもたちを2つのグループに分け、それぞれファシリテーターが付き対話を行いました。これは、ファシリテーター杉原のグループの記録です。
最初にファシリテーターが、他の人の話を聞くこと、深く考えること、質問することの大 切さについて話しました。
今日のテーマは「いつでもしたいことしていいのかな?」です。
ワークシートに自分の考えをそれぞれ書いてもらい、発表してもらいます。
いつでもしたいことするのはダメ!
以下、【〇】は子どもたちの発言です。
〇 自由時間などでは、していいことが多いけれど、やることが決まっている時、授業中 などは、ダメだと思います。 訳は、したいことをしてしまうと、他の人が困ることもあるから。 していいかどうかを考えてからした方がいいと思います。 例えば学校の中で鬼ごっこをしてはダメ。 決まりがあったら守った方がいい。
〇 私はいつでもしたいことをするのはダメだと思います。 理由は守らなければいけない学校とかの、ルールとか決まりがある場所では、自分は したくても、それをしたら困る人がたくさんいるから。
〇 いつでもしたいことをするのはダメだと思います。 なぜなら、したいことばかりしていると勉強しなかったり、学校へ行かくなるからで す。だけど、自分の宿題とかすることが終わってたら、してもいい。
〇 やっていいことか考えて、自分がいいと思ったらしていいと思います。
みんなの意見では、「決まりやルール」「他の人の迷惑になる」ということが、いつでもしたいことをしてはいけない理由でした。
夢を追いかけてサッカーボールを植える
ファシリテーターがみんなに見せている本の挿絵では、サッカーをしている途中なのに、突然ボールを手づかみして走っていく子が描かれています。
〇手で持ったらハンドになるし、そもそもルール違反で退場になる。他の人が困るし。
〇してはいけない時に、してしまうと、自分に嫌なことが回ってくる。
そんな発言を受けて、別の子が、「ばちが当たる。」と呟きます。
興味深い意見です。「ばちが当たる」とはどう言うことなのでしょうか。
〇(ばちが当たるについて)自分が悪いことをしてしまったら、神様からのお仕置きみたいなことがあると思ってる人もいる。
〇たとえ、それが神様からじゃなくても、サッカーでボールを手に持った時に、退場になったりしたみたいに・・・。
ファシリテーターが本のページをめくって進行を促します。
そこには、「よく考えてからだったらいいと思う。」と書かれています。すでに出てきた意見と同じですね。 続いて書かれている文章には次のように続いています。
■自分がよく考えたかどうかどうしたらわかるんだろうか?
■ よく考えると先の先まで見通せる見通すことができる?
■よく考えている人はみんなよりちゃんと行動できている?
■考えすぎて身動き取れなくなったりしない?
この文章から、引き続きみんなと一緒に考えてみます。
「いつでもしたいことしていいのかな?」と言う問いに対して、よく考えたならしてもいいのではないか、という意見がありましたが、そもそも「よく考える」ってどういうことなのでしょうか。
よく考えるってどういうこと?
〇 他の人が困らないかどうか考えたらいい。
他の人が困らないかどうか考えたら、「よく考えた」と言えるのでしょうか。
絵本のイラストでは、サッカーの最中にボールを手に取って走り出した子が、地面にボールを植えています。どうやら、そこから木が生えて、ボールが果実のようにたくさんなるところを想像しているようです。
イラストを参考に考えた意見では、そもそもちゃんとボールを植えてボールが増えるような木ができるのか自分で調べてからやらないと、ボールが1個無駄になってしまうし、みんなで使っているボールが1個減ることになる、という意見も出てきました。サッカーの途中に突然、ボールを持って行かれるのは、みんなが困ってしまうということも言われました。確かに、うまくいけば、たくさんのボールが増えますが、失敗すれば、1個ボールを失うことになってしまいます。イラストの子どもは、身勝手に見えますが、かなり実験的な試みに乗り出しているかのようです。
〇 人のことも考えて、いろんなことを調べておかないと考えたことにならない。
〇夢だけじゃなくて、実際のことを調べてやらないといけない。
ボールを突然掴んで植えようと走り出した子は、ボールのなる木ができて、ボールを増やそうと思ったのでしょう。もしかしたら、その子は、自分ではよく考えたし、みんなのことも考えてやったんだと言うかもしれませんよ。どうでしょう?
〇あ、(ボールが)増えたら喜ぶ人がいるかもしれないから?
〇でも、ボールが1個しかなかったとしたら、それを植えられたら、もし実がなるとしても、すぐに実がなるわけでもないし、その木が大きくなるまで世話しないといけないし、その間、サッカーできない。もう少しよく考えた方がいい。
〇これって今の話ですか?もしかして、未来だったら、実がなるかもしれない。
調べることや、周りの人のことをよく考えることについて意見がありましたが、それでも、うまくいかないことがあるかもしれません。 私たちの行動は、今すぐ結果が出ることばかりでしょうか? 良いことだったのか、未来にならないと分からないことを今しているということもあるんじゃないかな。
〇植える季節とかがあるかもしれないから、そのことはしっかり調べておいた方がいいと思う。
今はみんなが知っていることも、昔は誰も信じてくれなかったかもしれません。 例えば人が空を飛ぶなんて、あり得ないと思われていた時代に、絶対に空を飛べると信じた人がいて、飛行機の開発が成功したのかもしれません。 その人は、やってみないとわからないから、何度も何度も失敗しながら、また工夫していたかもしれません。成功するかどうかもわからなかったかもしれません。
ここで、ようやくワークシートに自分の考えを書き終えた子がいました。「好きなことはしていい時とダメな時がある。 なぜならやっていい時は周りを見てからやる。 」と書かれていました。
お互いの考えを確認し合う
「周りを見てからやる」とは 、人に迷惑をかけないように、じっくり考えるということでしょうか?じっくり考えすぎて、身動きが取れなくなることもあるでしょうか?
〇 そこの場におる人に何をしたいのかとか、こうしたらあなたは嬉しいですか? とかを聞いた方がいい。
〇 自分だけで考えてたら、他の人の意見がわかんないから、みんなの意見を聞いてから やった方がいい。
〇私もいきなりボールを持って行かれたら、びっくりするし、他の人は、このこと知ってるのかな?と不思議に思ったり・・・。
自分がしたいことをする際に、関係する人に直接、意見を聞くというのは、一つの方法かもしれませんね。
もしもみんなに反対されたら?
いつでもしたいことをしていいのかどうかは、 「よく考えること」が大事だという意見がでました。でも、その「よく考える」とはどういうことなのか、というと、周りの人に聞いたり、迷惑になら ないかどうか確認をするっていうことになるでしょうか。
ところで、 例えば、あなたが何かいいことを思いついたとします。それを提案をしても、みんなが反対するとします。 みんなにちゃんと聞いて、反対されたなら、辞めることにしますか?
例えば 10 人の集まりで、そのうちの 1人がみんなに提案するとします。 それを9 人が反対したら、してはいけないことになってしまうでしょうか?
〇 9 人がなんでダメなのかを伝えたら、お互い分かりあえる。
〇 みんなに手伝ってもらわないとできないことは、できないけど、1人でできて、迷惑 がかからないんだったらやってもいいと思う。
〇 みんなに、だめって言われたら違う方法を見つけたらどうだろうかって思う。
みんなの意見を聞いていると、迷惑をかけることはとても良くないことなのだと思わされます。けれども、そもそも、本当に迷惑かけることって、 とっても悪いことなのでしょうか? これについては特に意見があがりませんでした。
少数派は諦めなきゃならない?
みんなが反対して、自分の味方の数が少ないと、意見を変えたり諦めたりしなきゃい けないのでしょか?
〇 いやいや・・・全部多数決っていうわけじゃない。
〇全員が10人で、 例えば、7 人が反対して3 人が賛成したら、 3 人でできる方法を見つけたり、日数 を伸してやってもいい。 もし自分が、「多数決で多かった方に決める」と言っちゃってたら、多かった方に決まるから、少ない方はできないことになる。
〇 プレゼンとかして他の人を納得させることもできるのかな・・・。
誰も味方がいなくても、その一人が正しいことはある?
みんなが理解や賛成してくれなくて、たった一人しかいなくても、その人が正しいこともありえるのかな?
少し対話が途切れたので、最初にみんながワークシートに書いていた考えに戻ってみることにしました。
ルールや決まりは、それ自体なんだろう?
例えば、「学校内で鬼ごっこはダメ」ということだけど、それは誰が決めたのでしょうか。
〇 そうじゃないと、学校の人がまとまらなったり、先生たちや、真面目に授業を受けた いっていう人たちも困るので学校が悪くなってしまうから。 それと、鬼ごっこをすると、廊下で転んだら怪我をするかもしれないし、歩いている人にぶつかって、相手に怪我をさせるかもしれない。 よくないことが起こるからダメということになったのだと思う。
〇 誰が決まりを決めたかは、初めの校長先生だったり、その後の校長先生が、おかしい んじゃないかと思ったことを変えていって今のルールになった。
みんなに考えてほしいのは、決まりやルールだからそういうものなのだ、と思うのではなくて、もう少し考えて欲しいなと思います。決まりとかルールは誰かが決めたのかもしれません。 でも、その決まりが、いつもこれからもずっと100% 正しいかどうかは分かりません。
例えばさっきもお話ししたように、「人間が空を飛べるわけがない。それは自然の決まりなんだ」と思われていたかもしれません。それでも、鳥のような乗り物作ったらどうだろうかと考えて一生懸命研究して作った人がいるのでしょう。今ではみんなが飛行機に乗れるようになりましたね。
今、「決まりだからできるわけないよ」と思ってることも、本当に 100% 正しい決 まりなのかな。私たちは、工夫次第でそれを変えられるのかもしれません。
「決まり」を考えることから「工夫」へ
床が危ないのならば、床の質を変えてしまうのはどうでしょう?
〇 廊下を決まりに従わないで走ってたらぶつかっちゃう。 守らなければいけないルールと工夫したら無くせるルールがあって、学校の走っちゃ ダメってルールは、守らなければならないこと。
〇場所によって床の板を変えるのはどうでしょう?(参加者から参加者への質問)
例えば「学校で鬼ごっこがダメ」という決まりがあるのは、鬼ごっこをしたい人が 多いということかもしれません。鬼ごっこをしたい人が沢山いるのなら、いっそのこと鬼ごっこをしやすい作りにするのはどうでしょうか?
〇 運動が苦手だったり、本を読みたかったりして鬼ごっこをしたくない人もいるからで、完全に鬼ごっこ仕様にしたら、したくない人が不便になるかもしれない。廊下で毎日鬼ごっこをしていたら、先生だ って職員室に行くのも大変になるし、危なくなっちゃうから。 みんなの安全とか考えて決まりがあるんだと思う。
鬼ごっこで「走る」という言葉が何回も出てきましたが、大人でも学校の中で走ら なきゃいけないことってありますか?
〇 ある!急いでる時。
〇 誰かが倒れてしまったりしたら、命守らなきゃいけないから、急いで保健の先生を呼んだり、連絡をしたりしないといけないから、そういう時は走る。
〇 地震があったら、急いで外に逃げなきゃいけないから、そういう時は走ってもいい。
鬼ごっこが禁止されているのは、走ると、危ないからという理由のようでしたが、誰もが走らなければならない事態もありえそうです。そうだとすると、転んでも怪我をしにくい床に変えるのは、みんなにとって良いアイディアになりうるのかもしれません。
決まりはみんなのためにある?
〇 みんなの言っていることをまとめて考えたら、決まりって学校やったら、学校のみんなとか、 法律やったら、その国とかのみんなのためにあるんかな??
もう少し考えてみよう。 法律とかルールは、絶対にみんなを守ってくれるでしょうか。 法律や決まりが、守ってくれない時もありますか?
〇 もしかしたら、あるかもしれない。
ルールを守っていれば、よく考えたことになる?
「いつでもしたいことしてもいいのかな?」というテーマから、「よく考えたならしてもいい」という意見がありました。 それは人に迷惑をかけないようにしようとか、みんなの意見を聞いてから考えよう、ということだったように思います。 ところで、決まりとかルールに従うことは、よく考えることになりますか?
〇 法律は国のみんなを守るために、総理大臣とか弁護士とか訓練してきた偉い人が決める。 犯罪を犯したのに無罪で逃がしてしまったら、許してもらえると思って、またやっちゃお、ってなるから。 だったら法律とかで罰を決めて悪いことをしたら牢屋に入れたり、刑罰とかで反省させて、もうこんな目にあいたくないからと悪いことはやめよう、ってなるから、絶対に守った方がいいと思う。
ここでは、法律によって罰することで、犯罪の抑止力になるという考え方が、言われたように思います。法律を作る人は、本当によく考えて作ったのではないでしょうか。一方で、それに従うことで、本当のところ、よく考えたことになるかどうか、その関係性は、まだよく見えてきません。
ひょっとすると、ルールや決まりは、それ自体、私たちに、ものすごく強い権威を感じさせるのかもしれませんね。それ自体を疑って考えてみるのは、ちょっと難しいことなのかもしれません。実際に、今あるルールだって、よくよく考えて決められたことなのでしょう。
納得できないルールはある?
もう少し身近な例に落とし込んで問いかけてみることにしました。
みなさんが、先生やお父さん、お母さんに言われていることで納得できないものはありますか?
〇 あります。 学校ではシャープペンは、高学年しか使えないの、なんでだろうって思ってました。
そういえば、X X年前の小学校もそういうルールがあった気がしますが、いったい何故なのでしょう。小さい時にシャープペンを持たせると握力が弱くなるという研究でもされているのでしょうか。いまだに理由を知りません。
〇 暑いとき、水筒のお茶がなくなっちゃたら、みんな水道水を入れろって言うんだけど、 手洗うための薬とかも入ってるかもしれないから飲みたくなくない。それだったら、近くに自動販売機があるから、飲み物を買いたいけど、学校にお金持ってきちゃいけないから・・・。外国の学校と日本の学校を比べてみようみたいな授業があって、 外国の学校では、文房具とかお菓子とかが売ってて、お金持って行ってもいいから、忘れたら買ってもいいし、菓子 を買って食べてもいいってなってるけど、なんで日本はそういうのがないの?と思う。
確かに、どうして、自動販売機で飲み物を買ってはいけないのでしょうか。外国と日本とでは、どうしてルールが違うのでしょうか。ちなみに以前は、日本の小学校でも購買部があり、消しゴムや糊などの文具を学校で買うことができました。その話をすると、参加者の子どもたちからは、「ええ!!」と叫び声が上がります。
〇 外国では、スクールバスがあるけど、何で日本の小学生は歩いて学校行かなきゃいけ ないんですかってところ! あと、自転車で通学できるのは、何で中学生からなの? 小学生も使いたい。
〇私もスクールバスが外国にはあるって知ってから、本気で外国の子になりたいと思った。なんで日本はダメなんやろ?って思ったりする。
堰を切ったように、みんなの「何でだめなの?」が噴出します。
〇 持ってきたらだめだけど、1人だけスマホ持ってきてる人がいて、 なんで携帯を持ってきてるの、って聞いたら、お母さんに非常時用に持って行ってっ て言われてるから。でも、それはルールに違反してるのかなと思って。
自分の子どもにスマホを持たせたい?
少し想像を働かせてみましょう。みんながお母さんやお父さんだとします。 自分の子どもが学校から、なかなか帰ってこなかったら心配じゃないですか?
「心配!」と口々に聞こえてきます。
その時にやっぱりスマートフォン持ってて欲しいですか?
「持ってて欲しい」「持ってて欲しくない」同時に意見が聞こえてきます。
〇 持っててほしくないです。 理由は、学校が持って行ってはだめっていうルールだったらいけないし、 陰でこっそりゲームしてたりしたらダメだし。 非常時でも地震で帰ってこれなくなったときも、どこで会おうって決めてたら会える し、遅くなっても学校に聞いたら、分かるからやっぱスマホは要らないと思う。
〇 昔は、公衆電話があったけど、お金を持ってたらいいと思うけど。今は公衆電話がほとんどなくなってるから。スマホを持たせたいかな。
他の子にも聞いてみます。自分の子どもにスマートフォンを持たせたいですか?子どもって小さいですからね、どこで何をしているか分かりませんよ。寄り道して帰るかもしれないですよ。一人で家に帰ってきて、一人でお友達の家にいっちゃうかもしれませんよ。
〇 持っててほしい。 時間がわかるし、時間過ぎてたら電話ができるから。
〇持ってて欲しい時もあるし、持ってて欲しくない時もある。以前、学童に預けられてた時に、近くにあった公衆電話が撤去されてた。スマホがあったら、いい時もあるし、ゲームしちゃう時もあるから。スマホにインストールするのを制限したり、使うのは非常時だけみたいなルールを作ったらいいと思う。
みなさん、自分が親だと想像すると、自分の子どものことは心配だし、けれどもあまりゲームはして欲しくないみたいです。そういう親としての思いは、時として学校のルールと衝突することもあるかもしれませんね。
まとめの時間
自分のしたいことは、ルールを守った上でならいい。他の人に迷惑をかけない限りならいい。よく考えた上でならばいい。そんな意見から始まりました。他の人たちに反対されて嫌がられても、正しい場合もあるかもしれません。自分のしたいことと、すでに決まっているルールが衝突することもあるかもしれません。ルールが必ず正しいかというと、「なんでなの?」と疑問を感じるようなルールもあるようです。
運動会の練習をしてて熱中症で倒れてしまったりする人のことを聞きますが、水分補給の大切さについて、考え方が変わってきたと思います。
ルールだから、仕方ないと思うのではなくて、もっと工夫できないか考えることで、今、当たり前の決まりが、将来変わるかもしれません。 子ども用の携帯を持つことが許されるようになるかもしれないし、もしかしたら子どもたちのために無料で飲める飲料水が学校の中に置かれるかもしれません。
〇 ウォーターサーバーみたいなのが用意されてたら水筒買う必要ないし、お茶のお金もいらないし、荷物も少なくなるから助かる。
みんなは、いつか大人になって、学校を作る側の人になるかもしれません。
〇 そしたらウォータークーラーを置いたり、売店作ってもいいかなって思う。
決まりだからしてはいけない。決まりだから守らなければならない。決まってること以外は自由にしていい、と決まりにただ従うだけになるのは、よく考えてるこになるでしょうか。よく考えてからやる、ということの中には、決まりやルール、それ自体も良い決ま りなのかな、もう一度自分で考えてみることができたらいいな、と思います。
〇 図書館で伝記を読んでいて、誰も賛成してくれなくても、頑張ってや成功した人とか、 すごいなって思う。例えば、エリザベスブラックウェルて女性の伝記で、 女の子なんだから裁縫しなさい。女の子なんだから力仕事とか、勉強はやめなさい。 って言われても、一生懸命勉強して医者になったとか。
〇 ライト兄弟もみんなに反対されてもやって飛行機を飛ばしたからすごいと思う。
なるほど、じゃあ、「当たり前の決まりだから」と思っている人は、新しいものを生み出すことが難しいのかもしれませんね・・・。
保護者の皆様へ
この回を通じて、こどもたちに、「ルールを守らなくてもよい」と伝える意図はありません。今ある既存のルールについても、自ら疑問を持って再検討する思考力を身につけて欲しいと思っています。子どもたちが、柔軟な発想やアイディアを持って、今よりもより良い世界の作り手になることを願っています。