その日、僕の一人暮らしのマンションに待望のコタツが来た。宅配業者から受け取った大型の段ボール箱をカッターでバラバラにすると、そこから75cm角ほどの小さくて可愛らしいコタツが現れた。さっそく部屋に配置する。すごくいい感じ。しかも見た目が良いだけでなくコイツは機能的にも優れているらしいのだ。僕がテレビの通版でコイツを買った時、コイツはこう宣伝されていた。 『今大人気のパーソナルコタツのご紹介です。今日はこのデザイン性抜群のコタツに、専用のコタツ布団もお付けして、お値段たった
「さあ、『GRAND PRIX LEMON 2035』の最終挑戦者がまもなくスタートします。エントリーNo.86の片山カナエ選手。使用キーボードは……エラコム社製の青軸メカニカルとなってますね」 「メカニカル?静電容量無接点方式の高級キーボードが圧倒的に有利なこのレースにメカニカルキーボードでチャレンジするなんて珍しいですね。メカニカルの参加者もゼロではないですが……、参加者がいたとしても高級キーボードメーカーのファルコあたりが一般的です。エラコムって定価が一万円以下の廉価版
6.橋とアイドル 橋の撤去を議題にした地元説明が開催されてから五年が経過した。その頃、私にはある程度の金銭的余裕ができていた。私は思い切って、工事費の一部を負担するので例の橋の補修工事をしてくれないかと村に申し入れることにした。 村役場の土木課の方針としては、例の橋は撤去すると半ば決まっていたようだ。後は地元住民を説得して橋梁撤去の方針を追認してもらうだけ、そんな方向で調整しようと考えていたらしい。だから私の提案は完全に想定外だったようだ。まぁ普通に考えて、一個人が橋
5.機能的陳腐化 さらに十年の月日が流れた。 私のアイドルとしての人気は、再びじわじわと落ち始めていた。 十年前の成功を覚えていた私は二度目の『遺伝子リプログラミング』治療を受けることにした。 私の実年齢は三十八歳になっていたが、その治療により、再び見た目は十代後半のアイドルそのものにリフレッシュされた。 だが、今回の治療は、以前のときほど人気回復につながらなかった。 前回の治療の時は『遺伝子リプログラミング』で復活したアイドルということ自体が珍しく、そ
4.遺伝子リプログラミング 私は実家が好きだ。だから人気が絶頂の頃も頻繁に田舎に帰っていた。当然ながら人気が落ちた今では、以前より更に気軽に実家に帰ることができる。そんなわけで、私は今、実家でゴロゴロと過ごしていた。 ある日、実家の自分の部屋から窓の外を見ると、例の橋のところでなにかの工事が行われているのが見えた。何があったのだろう? 私は散歩がてらにそれを確かめようと、家を出て、橋の工事をしている人に声をかけた。 「この橋、どこか壊れちゃったんですか?」
3.人気獲得の理由とその衰退 私の人気が出始めてから三年ほどが経過した。 私は、いまだに自分の人気が高く維持されてる理由がわからずにモヤモヤしていた。デビュー直後の成功は、CMの役が自分にハマったことによるラッキーパンチ的なものだと思っていた。一発屋の芸人さんのごとく、この人気は長くは持たないだろうと勝手に思いこんでいた。だがファンの数は今も増え続けている。ありがたいことに、いまだに私の人気が衰える気配はない。 私は、後藤さんに会った時に何気なくそのことを聞い
2.国民的アイドル 「エリ、たった一ヶ月で見違えたね。やっぱり僕の見立ては間違ってなかった」 私が振り向くと、そこには私に声をかけてくれたスカウトの後藤さんがいた。彼の年齢は聞いてないが三十代中頃といったところか。整った顔立ちのイケメンで、ひょっとしたら昔は事務所でアイドルや俳優をしていたのかもしれない。私は彼の顔を見て嬉しくなった。自分をスカウトしてくれたお礼を言いたかったし、訊きたいこともあったからだ。 「ありがとうございます。正直言って自分でも驚いてます。後
あらすじ 1.鈴木エリ、アイドルになる 「東京に出てアイドルになるか。全然イメージ湧かないな」 橋の高欄にもたれながら私はつぶやいた。夏場には熱くて触れられなかった鋼製高欄も、朝夕の時間帯にはひんやりと冷たく感じられるようになった。季節はもうすぐ秋。高校二年の秋ともなれば誰もが進路希望を固める頃だが、私は降ってわいた『アイドルになる』という選択肢をどう捉えればよいのかわからずにいた。 私はこの夏休みに友達と東京へ遊びに行ったときに芸能事務所の人にスカウトさ