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橋とアイドル③ ~人気獲得の理由とその衰退~

3.人気獲得の理由とその衰退

 私の人気が出始めてから三年ほどが経過した。
 
 私は、いまだに自分の人気が高く維持されてる理由がわからずにモヤモヤしていた。デビュー直後の成功は、CMの役が自分にハマったことによるラッキーパンチ的なものだと思っていた。一発屋の芸人さんのごとく、この人気は長くは持たないだろうと勝手に思いこんでいた。だがファンの数は今も増え続けている。ありがたいことに、いまだに私の人気が衰える気配はない。
 
 私は、後藤さんに会った時に何気なくそのことを聞いた。すると後藤さんは、以前に口にした『時代の流れ』というキーワードを絡めて自分の疑問に答えてくれた。
 
「後付けみたいになっちゃうんだけどさ、エリの今の人気は、僕がそれなりに『時代の流れ』を読めてたという証明になるのかもしれない。エリをスカウトした時に探してたのはソロデビューできそうな子だって話は前にしたよね」 
 私は黙って頷く。
「僕がそのときに探してたのは、ソロで活躍できるほどに個人の能力が高い子ってわけじゃなかった。言語化が難しいんだけど……、あえていえば他人との競争に興味がなさそうな子っていうのかな、そんな子を探してた。それ以前のアイドルグループ全盛の時代は、自分の夢に向かって努力して、競争に勝ち抜くぞってのが主流の価値観だったでしょ。ビジネスの世界も同じで、起業ブームとか実力主義って言葉がすごく流行ってた。でもさ、僕は表面的には仲良くしながら、水面下では他人と激しく競争するみたいなのが苦手なんだ。だからアイドルオーディションブームなんて早く終わんないかな、って思ってた。でも、ここのところ世間の空気が変わりはじめた気がしない? だから、そろそろエリのようなタイプが受け入れられるんじゃないかな、って世に問うてみたかったんだ」

「わたしみたいなタイプって、どんなタイプのことを言うんですか?」

 後藤さんは視線を宙に漂わせて言葉を探しているようだった。
「真面目で努力家。でも他人と競争するために努力するんじゃなくて、自分独自の価値基準を持っていて、その基準において自分を高めるために努力する人って感じかな。成功した生活を手に入れるために今の生活を犠牲するんじゃなくて、平凡な日常を大切にして、それを充実させるために頑張るって表現でもいい」
 
 私はクスッと笑って言った。
「私、友達と買い物してただけですよ。それだけでそんなことがわかったんですか?」

 後藤さんはまじめな顔で答えた。
「うん、わかったよ。わかったというか、そう感じた。あの時の感覚は今でもよく覚えてる。キミが地方から来た子だってことは直ぐにわかったんだ。でも、東京の雰囲気に臆してもなければ、逆に虚勢を張ってるって感じでもなかった。正直、珍しいと思ったよ。地方から来た子はたいていそのどっちかで、そのせいで都会の空気の中になんらかの違和感を発生させるのが普通だから。でも、エリは東京では異質な存在なのに、周りの空気に迎合するでも反発するでもなく、自然な感じで周囲と調和してた。現代的なデザインの中に和風のデザインが違和感なく交差してるみたいにね」
 
「空気を読めない田舎娘が人ごみのなかで目立ってた、ってだけの事象をものすごく丁寧に表現しますね。でもそれが、後藤さんが推している次世代アイドル像と関係するんですか?」

「関係する。虚勢は競争指向を、臆する姿は自信のなさを感じさせるからね。その両方を全く感じさせなかったキミからは、他人の価値観に惑わされずに自分の価値観で自信を積み上げられる人だってオーラを感じたよ」
 
「後藤さん、リアルタイムで話を創作してるでしょ。わたし、絶対そんなオーラを出してなかったですよ」
 照れ隠しにそう言いながらも、私は色々なことが腑に落ちた気がした。
 確かに自分は、他人と自分を引き比べて、人のことをうらやましく思ったり、逆に自分を惨めだと思うことはない。他人の期待に応えようと頑張ることはあっても、自分の価値観を曲げてまでそれをすることはない。成功への憧れもなければ、勝利への執念もない。でもそんな平凡な特性が次世代アイドルの特徴なんだろうか。
 
「仮にそんなオーラが出ていたとしても……そんなアイドルって、地味ですよね」
 地味だからこそ、事務所は丁寧にそのイメージに合う仕事を拾って、私に回し続けてくれたのだろう。
 
「地味だね。だから短期間で爆発的に人気がでることは期待してなかった。でも、事務所が丁寧に仕事をすれば、ジワジワと人気を高めていける自信はあったよ。ここまで成功するのは想定以上だったけどね。でも、エリが今回成功した理由は、事務所の戦略が良かったことや、運が味方したせいだけじゃない。それ以上に、エリのビジュアルや丁寧な仕事ぶりが次世代アイドルに求められる特性にマッチしたおかげだと思ってる。そして、派手じゃないからこそ簡単に人々に飽きられることはない。面白くなるのはこれからさ」
 
 後藤さんはそれだけを言って去っていった。
 
 アイドルという言葉はもともと『偶像』という意味だ。
 偶像とは一般的に人々が憧れたり尊敬する対象のことを指す。日本のアイドルの場合は、その魅力的な容姿や歌の才能・人気などが憧れや尊敬の対象となっていると言っていいだろう。だが、後藤さんの話を聞く限りでは、憧れの対象は必ずしも静的なものではないようだ。つまり憧れの対象は時代の影響を受けながら動的に変化する。後藤さんはその動的に変化する流れを読んだ上で私をスカウトしてくれたのだ。私のことを次の時代に求められるアイドルだと評価して。
 
 アイドルという仕事は、皆が求める理想の虚像を演じる職業であると私は思っていた。それゆえに虚像を演じることを好まない自分に人気が集まることが不思議でならなかった。だが後藤さんの話を聞いた今なら理解できる。アイドルは必ずしも虚像を演じる必要はない。世間が求める『偶像』と自然体の私がある程度一致しているならば、私は自分らしい仕事を愚直に続ければいいだけだ。そう考えると気持ちが軽くなった。
 デビューから三年もの月日が経過してようやく、私はアイドルとしての自分に自信を持てた気がした。

 
 後藤さんの予想した通り、それから数年に渡り私の人気は衰えなかった。『鈴木エリ』っぽいイメージで売ろうとする二匹目のドジョウ的なソロアイドルが何人か現れたものの、残念ながら彼女達はさほど話題にはならず、いつの間にか芸能界から消えていった。その方向で完成された『鈴木エリ』というアイドルが既に存在していたことで、他のアイドル達は『鈴木エリ』の劣化版としか見なされたのかもしれない。

 だが、更に月日が経ち、デビューから十年を越えた頃から私の人気に翳りが見え始めた。人気低下の原因は、私自身の加齢による衰えに加え、若いアイドルの台頭などの外部環境の影響もあるだろう。『鈴木エリ』を超えるソロアイドルは未だに出てきてはいないものの、様々な嗜好を凝らした個性的なアイドルグループが次々と登場してきたことで、人々の興味はそれらの間を移ろった。
 人々は『鈴木エリ』のような本格的アイドルが再び現れることを望んでいた。だが、もはや私自体を『美と若さの象徴である理想的なアイドル』とはみなしてくれなかった。

「二十代後半ともなれば、アイドルを引退して、女優やバラエティーの仕事をメインにしていくのが普通なんだろうな」
 頭ではそうわかっている。
 でも、私はやっぱり歌や撮影といったアイドルの仕事が好きで、だからこそ出来る限りアイドルの仕事を続けたいと思っていた。もちろん、女優や声優、バラエティーの仕事のオファーは沢山ある。そして、それらの仕事を受けないわけじゃないし、実際、私が携わる仕事の半分ほどはそのような仕事だ。だがおそらく、私にはそれらの仕事の才能はない。それらの現場では自分は二流の仕事しかできていない。私の天職はアイドルで、アイドル以外の分野では自分より優れた能力を持つ人が沢山いる。だから、自分がアイドルとしての知名度を武器にして、周辺ジャンルの仕事を才能ある人から奪うのは違うだろうと思っていた。
 
「いっそのこと、芸能界を引退した方がいいのかな」
 それが正しいのかもしれない。
 でも、やっぱり私はアイドルに未練がある。アイドルを続けたい。辞めたくない。その思いがぬぐえなくて、私には引退の決心がつかなかった。

(続く)

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