わたしスペース*手さぐり*
・今日のおはなし
本来のわたしと在るため
アレクサンダー・テクニーク
(自分のつかい方)を学び、実験しています。
片桐ユズルさんの紹介にて
「アレクサンダーと私
[アレクサンダー・テクニーク]への道」
ルーリー・ウェストフェルト
片桐ユズル+中川善晴=訳 [壮神社]
という本を(もう売られていないので、古本で)とり寄せて
この巣ごもり期間、今のタイミングで一気に(夢中で)読みました。
ユズルさん曰く
「アレクサンダーさんから
手さぐりで学んだという本を
みんなで手さぐりしながら訳した本」
わたしはアレクサンダー氏の発見したワーク自体には感銘をうけて、どのようにプライマリー・コントロールを探求していったのかは、知識としてはあったのだけど、
今まで、アレクサンダーさんの人柄まで知ろうとしていなかったなあ。
訳者のあとがきでユズルさん
からもあるように
わたしはこの人間味のある人たちが
ことばにあらわせないが普遍的なものへの
熱望から、手さぐりしながらも、学んでる姿にとても好感がもてた。
20年程前にわたしは、目的も意味もよく分からないまま、求めている何かがある気がして、アレクサンダー・テクニークの学びに入った。それこそ手さぐりで学んでいた。
そして、わたしの求めている何かがよく分からないまま、学びからはなれてしまった。
廻り廻って、再び学び始めた
今ならこういえる。
わたしにとってのアレクサンダー・テクニークはプライマリー・コントロールによって、
本来のわたしから、世界に関わっていく
助けとなるもの。
このことは変わっていくかもしれない。
ルーリーの本をよんで、
こころ奥底(潜在意識)が揺さぶられたから。
プライマリー・コントロール
(初源的協調作用・統合機能)においても
ルーリーの“ことば”によって、より深入りできたので、備忘録としても記しておきたい。
(プライマリー・コントロールとは、
あたま・首・脊椎(背骨・背中)の関係性が
調うことによって、総合的にからだ全体の機能が統合されるもの)
まず最初に
首はらくだと思い、
それから、あたまは前へ上へいくと思う。
(*あたまを空間的に前に出すことではない)
ここで、「あたまは前へ」というのは
「首との関係において前へ」の意味。
背中が長くなり広くなる
ということばについて。
背中というのは「骨盤」も含まれているということ。(*腰までで終わるものではない)
多くのわたしたちが間違った解釈をしてしまう“ことば”であると気づかされました。
馴れ合いで学ぶのではなく、
原点に戻るって大切だなあ!
つづく…
16/2/2022,mayumi
よんでくださって、ありがとうございます:)