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がんをめぐる冒険

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アラフィフ、独身、職業:記者。 ある日、足の付け根に転移がんが見つかり、卵管がんがみつかる。 その後、2回の手術と1回の抗がん治療を経験。 抗がん治療で髪が一部残った経験から、少…
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2024年11月の記事一覧

がんをめぐる冒険(83)がんが見つかる前のダメダメな食とマインド

 銭湯の帰り「前は毎晩コンビニに通ってたな……」  がんが見つかる前の生活はヤバかったなと思い出しました。  毎晩、帰りがけに甘いジュースを2本(計1リットル)にヨーグルトやプリン、アイスなどのスイーツを買っていました。  がんになって一転、コンビニに寄ることも少なくなりました。手術をすると、麻酔の副作用で強い吐き気に悩まされ、牛乳も飲めなくなって、断食で味覚全体が鋭敏になり、コーヒーも強く感じる。一時は日本茶も刺激が強くてダメでした。さらに、高気圧酸素治療の診察で脳神経外科

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がんをめぐる冒険(82)診断書は中身まで確認が必要!

 この間、痔の手術をして、保険の手続きのために診断書を書いてもらったら、 状況説明に 「本人の強い希望により手術」 と書いてあり、ちょっとびっくり。 書面だけ見たら《保険金詐欺》です。   そこまでひどい痔じゃないので、先生は親身に自分の妻や子だったら手術するかどうか考えて、 本人がそう言うのなら、ということで手術してくれたのですが、 そういう親身な部分が書面だけでは読み取れない。 今は保険会社も人員削減で昔みたいに確認することもなく、右から左へ流れていくそう。   するとど

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がんをめぐる冒険(81)内臓が言うことには

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がんをめぐる冒険(80)最初に原発を教えてくれたのは整体の先生

 転移がんが見つかり、大学病院に初めて行った帰りに昔から通っている整体院にふらっと寄りました。この先生の整体院には気持ちが凹んだときに待合室で休ませてもらう、私のチャージスポットでもあります。でもあまりに頼りすぎるのも良くない、自分で人生を切り開かないとと思って、整体院の引っ越しを機に遠のいていました。そんな折、病院から近いなと歩いて立ち寄りました。 「実は転移がんが見つかって、まだ原発がわからないんです」  と言うと、 「うーん、転移がんの対角線。でも大丈夫!」  先生はい

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がんをめぐる冒険(78)抗がん剤は必要なのか?

※あくまで私の私見なので予めご了承ください。    私は1回で抗がん剤をやめました。 6回やるはずの抗がん剤を途中でやめるなんて主治医からしたらありえないことだと思いますが、 自分の身体と相談して、このときには最適な選択だったと思っています。 抗がん剤の副作用のうつがひどすぎて、薬に慣れていない自分の身体には向いていなかったし、 子供もいない私は、自分らしさを失ってまで何が何でも生きる必要性を感じませんでした。 むしろ身体が思うように動かなくて、人に当たり散らしたり、自分でな

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がんをめぐる冒険(77)脱毛とウィッグ③高級vsリーズナブル、違いはココ!

ウィッグには主に3つの違いがあります。  ①人毛が、人工毛か?  ②手植えかどうか?  ③髪型を自分に合わせているか?   ①人毛vs人工毛  人毛は、かぶっていて違和感が少ないのと、軽さがあります。大きな違いはツヤ。人工毛は光りやすいと言われます。明るい茶色系だとお人形さん感が強くなりますが、グレーアッシュ系、ピンク系ならさほど変わりはありません。 人工毛だとアレンジがしやすい、ヘアアイロンとか使いやすいとも言われますが、最近はアレンジもできます。前髪の立ち上がりもヘアアイ

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がんをめぐる冒険(75)今日は痔の手術

 ずっと気になっていたいぼ痔の手術をしました。  がんになる前からいぼ痔のせいで拭ききれず、便がパンツについてしまうことがたまにあり、「便だけに不便!」  と言ったら、アネゴに「座布団3枚!」と返されました。  とそんなネタはさておき、健康な今のうちにいぼ痔とさよならしたいと考えたのです。  紹介状を書いてもらい、近所の総合病院に行き、手術日を決め、前日入院。ところが、主治医の先生は切るほどでもないのに傷をつけるのはどうだろうかという見立て。手術当日、下半身麻酔をして弛緩した

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がんをめぐる冒険(74)おひとり様アラフィフ女子は

 スタバで隣のアプリで会ったと思われる男女2人。男子が自分のストーリーを話した 「新卒でゼネコンに入って12時まで働いてたから、このまま仕事だけの人生になるのはどうかと思って20代で転職した」 と言ってました。  いや、私の周りのアラフィフ女子は、12時どころか、36時間労働とか、毎日あたまおかしいと思えるくらい働いてました。当時、週刊誌では30代で突然死する人も多くて、長く生きられないと思っていました。いつも一人前になりたくて、ただただ走ってきた。おかげで同年代の人たちがい

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