【俳句】ハマの夜

「また泣いてんの？」

　母が「一生に一度は聴きたい」と言っていたウィーン少年合唱団の横浜公演に付いてきた太郎は、何かにつけて涙を流す母を見て言った。

「だって、ウクライナ出身のゲオルギくんのボーイ・アルトに感激しちゃって……」

　　　アルトにも天使の宿るハマの空

「あと、遠目からだとギリシャ彫刻みたいな美少年のアドリアンくん。オペラグラスを持ってくればよかった」

　また性懲りもなく美少年美少年って……パパに聞かれたらどうすんだよ。

「それにしてもママは泣き過ぎでしょ」

「母親になると、なんでこんなに涙もろくなるんだろう。野球部の子のお母さんたちなんか、試合に勝っても負けてもいつも泣いてるもんね。あと、芸人のフジモンがすぐ泣く女の子に『涙腺がお母さんやん』って言ってたし」

　　　子を思ふ母の涙や百雑砕

　同じ時間に近くで映画を観ていた父と弟の次郎と合流した。父と母がいつもよりはしゃいでいるような気がする……そういえば「パパとの初デートは桜木町だった」とかなんとか、前にママが言ってたっけ。

　　　母の背に女を見たり夏の月

　やっと季語が出てきたよ……といっても、帰りは雨に降られて月は見えなかったんだけど、ま、いっか。