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【ヒモ男シリーズ】ヒモ男の災難

前話「ヒモ男の帰省」

 俺はコンパスヒモ。久々のオフだから、興奮して早起きしたぜ。ベッドから出るなり、けたたましくケータイが鳴ったぜ。デイ子からだぜ。

「はい?」

 ──ヒモ男? 今日空いてる?

「うん……まあ……」

 ──子どもたちがコロナで学級閉鎖になっちゃったの。ベビーシッター頼めないかな?

「マジかよ……俺、子どもと接したことねえんだけど……」

 ──大丈夫、見ててくれるだけでいいの。

「……いいよ、分かったよ」

 ──ありがとう! 早めにうちに来て。

「了解」

 俺は急いでシャワーを浴び、ゼリー飲料をかき込んで、バイクにまたがり、デイ子の住む湾岸エリアのタワーマンションに向かったぜ。このバイクは羽振りのいいデイ子に買ってもらったようなものだから、頭があがらないんだぜ。
 マンションに着いて、エレベーターから降りると、メイクをバッチリ決めたデイ子に迎えられたぜ。部屋まで並んで歩きながら、デイ子が説明したぜ。

「助かったわ、ヒモ男。今日はお料理教室とホットヨガの日なの」

「何時まで?」

「4時になったら、別のシッターが来るわ。私もそれまでには帰る予定」

 デイ子がドアをガチャリと開けて中に入ると、子どもたちの声が聞こえてきて、小学1年の男と女の双子が俺の前に現れたぜ。デイ子の旦那は海外赴任中だから、気楽なもんだぜ。何度も入っている家だが、子どもがいると景色がちがうぜ。

「イチ、ニ、今日のシッターさんのヒモ男お兄ちゃんよ」

 ふたりはデイ子と手を繋いで、不安そうな面持ちで、俺のことをじろじろと舐めまわすように見るぜ。俺はしゃがんで、

「イチ夫くんとニ子ちゃん、今日はよろしくね」

と笑顔を見せて頭を撫でると、ふたりとも少し安心したようだぜ。
 リビングに通されると、子どもたちはソファーの上で、それぞれタブレットを持って動画を見始めたぜ。

「朝ごはんは食べたの。お昼はここにあるシリアルとか、冷蔵庫のものを適当に出して食べさせて。あなたも何でもいいから食べてね。お菓子はこの箱に入ってる。分からないことがあったら連絡して」

 キッチンでデイ子のせわしない説明を聞かされると、デイ子は子どもたちに、

「いい子にするのよ、ヒモ男お兄ちゃんの言うことを聞いてね」

と言ってから、早足で玄関に向かったぜ。俺が見送ると、

「下の公園に行くときは鍵閉めてね」

と言い、俺に鍵を渡したぜ。

「あなたとは、夕方ね」

 最後に俺の耳元で色気たっぷりに囁いてから出て行ったぜ。
 どうしたものかとリビングに戻ると、イチ夫がビートボックスの動画を見ながら、マネしてプッププップ言ってるぜ。

「お、ビートボックスなら、お兄ちゃんもできるよ」

「本当? やってー!」

「ようし……」

 俺は深く息を吸ったぜ。

「おいのび太っTA、TATA、TA、TA、TATA……」

 おろちんゆー経由のスキラーを披露してやったぜ。普段の練習の成果もあって、結構見事なものなんだぜ。途中からニ子も近くに寄ってきて、俺の口元を凝視してたぜ。終わると、ふたりとも神を見るような目でおれを眺めてるぜ。

「教えて!」

「ニ子にも!」

 俺は唇や舌の使い方を指導してやったぜ。ビートボックスは舌の筋力が鍛えられて、マダムを悦ばせるのに役立っているような気がするぜ。

「ニ子できないー!」

 ニ子が泣き出して、イチ夫をポコポコ叩き出したぜ。

「痛いよ! やめろよ!」

 イチ夫が反撃し、殴り合いのケンカになったぜ。

「ふたりともやめろ! 叩きたいならお兄ちゃんを叩け」

 俺が仲裁すると、ふたりは俺に殴りかかり、楽しそうに大笑いの渦だぜ。

「やったなー!」

 俺はふたりをくすぐったり、ソファーに投げたりすると、大喜びされ、何度も何度も同じことをやらされたぜ。しまいには頭がくらくらして、ソファーに倒れ込んだぜ。ふたりは俺にまたがり、もっともっとと遊びをおねだりするぜ。

「ちょっと休憩。動画でも見てな」

 俺がこれ以上動く気はないと悟ったふたりは、また元の静かな状態に戻ったぜ。今朝早起きしたこともあって、俺はうとうとと浅い眠りに落ちたぜ……
 はっと目を覚ますと、イチ夫とニ子がキッチンでチャカチャカ音を立ててるぜ。俺はそばへ行き、

「飯食ってんのか?」

「うん、お腹空いたから」

 ふたりはシリアルを順番にそれぞれの皿に入れたぜ。袋がカラになったぜ。

「ニ子の方が多い!」

 イチ夫がそう言いながら、ニ子の皿から素早くひとつかみ取り、自分の皿へ移したぜ。

「だめ! 返して!」

 ニ子が取り返そうとイチ夫の皿へ手を伸ばすと、皿がテーブルから落ちてシリアルが散乱したぜ。イチ夫がうわーっと泣き出して、

「ニ子のせいで落ちたー!」

と涙まじりに俺に訴え、ニ子の皿を取ろうとすると、ニ子はスッと皿を抱えて、イチ夫に背中を向けたぜ。イチ夫はその背中を両手でつかんで何度も激しく揺らしたぜ。

「やめろ!」

 俺の怒声にふたりは固まったぜ。俺は静かに床のシリアルを片付けたぜ。同じシリアルをもう1袋見つけたので、皿に入れてイチ夫に渡したぜ。

「牛乳入れるか?」

 ふたりとも大人しく頷いたぜ。注ぎ終わると、俺も同じようにして食べたぜ。会話のない食事となったぜ。
 俺が食事の後片付けをしている間に、ふたりはまたタブレットとお友だちだぜ。

「公園行くか?」

 片付けを終えた俺が声をかけると、ふたりはむくむくと生き返ったように元気になり、

「行く、行く!」

「行くー!」

とはしゃぎ始めたぜ。公園に着くなり、ふたりとも走り回り、俺も付き合わされて、さらにヘトヘトだぜ。1時間ばかり遊んで、自販機のジュースを飲ませてから、ぷらぷらとのんびりご帰宅だぜ。

「絵の具やるー!」

とニ子が言い出し、子ども部屋から道具をリビングに持って来たぜ。

「お水ちょうだい」

 筆洗いに水を入れてやると、ニ子は何やら描き始めたぜ。

「ヒモ男の顔」

 ソファーでイチ夫と並んで動画を見ていた俺に、なかなかいい男に描けている肖像画を差し出したぜ。

「お、上手いじゃん」

 ニ子は満面の笑みを見せて、また別の絵に取りかかったぜ。

「イチ夫もやる!」

 闘争心に火がついたのか、イチ夫も俺の顔を描いたぜ。巨大な虫みたいだぜ。

「はは! いいじゃん」

 ふたりでお絵描き合戦だぜ。俺がまたうとうととして、眠りこけていると、顔がくすぐったくて目を覚ましたぜ。イチ夫とニ子が目の前にいて、俺の顔に筆を当てているぜ。

「おい!」

 ふたりは一瞬ビクッとして手を引いたが、いたずらに笑いながら、俺の頬の上でまた筆をくるくる動かしたぜ。

「くすぐってえ!」

 俺は飛び起きて、洗面所へ行くと、アフリカのどっかの部族のお面のようになってるぜ。ふたりも鏡を覗き込んで、ゲラゲラと笑うぜ。俺も笑うしかなかったぜ。その後は3人でフェイスペインティングだぜ。服にも絵の具が垂れたんで、どうせならと服もキャンバスにして、派手に塗りたくったぜ。きっとデイ子が新しいのを買ってくれるから、大丈夫だぜ。

「ただいまー」

「ママだ!」

「ママー!」

 ふたりは玄関に飛んで行ったぜ。

「やだ、あんたたち、何やってんの!?」

 デイ子の叫びが響くぜ。ズカズカとリビングまでやって来て、俺の前に仁王立ちだぜ。

「ちょっと、ヒモ男! あんたもやってたの!?」

 上半身絵の具だらけの姿は、隠しようもないぜ。

「早くお風呂に入って! 3人で! どうすんのよ、この服」

 デイ子に急かされてバスルームへ行ったぜ。俺たちがきれいさっぱりになって出ると、デイ子が洗面台で服をゴシゴシ洗ってるぜ。一応、主婦だぜ。

「染まっちゃったじゃない! オレンジがあんまり落ちないわ。もう、変な遊びしないでよね!」

 イライラしまくりだぜ。

「ほら、早く拭いて!」

 ニ子をデイ子が、イチ夫を俺がタオルで拭くと、デイ子はふたりを子ども部屋へ連れて行って、着替えさせたぜ。俺は履いていたパンツとズボンを身につけ、リビングへ戻ると、

「あんたはこれ着て」

と、旦那のかどうか分からないが、白いTシャツを持って来たぜ。言われるがままに着ると、インターホンが鳴り、シッターがやってきたぜ。東南アジア系の年配女だぜ。

「ファラさん、ここの片付けお願い」

「はい、わかりました」

「私は買い物に行ってくるから。7時ころには戻れると思うわ。あと、5時にシェフが来るわ」

 デイ子は俺に目配せして、一緒に出るよう合図したぜ。

「ヒモ男、帰っちゃうの?」

「もっと遊びたい」

 立ち上がった俺の両脇を、イチ夫とニ子にがっちりガードされたぜ。

「今日はここまでよ。また今度来てもらおうね」

 デイ子は不服そうなふたりの頭を撫でたぜ。
 玄関を出ると、デイ子の鉄砲水のような怒りの声が俺に浴びせられ続けたぜ。エレベーターの中でも、誰も乗ってこなかったので、集中豪雨だぜ。

「あんたバイクでしょ? いつものホテルに来て」

 こんな状態でもやることはやるんだぜ。怒りがベッドをぎしぎし揺らしたぜ。こんなに激しいデイ子にはお初にお目にかかったぜ。

「はい、今日のシッター代。あの子たち、あなたのことを気に入ったみたいだわ」

 着替えを終えると、デイ子は俺に金を渡して来たぜ。いつもよりちょっと多めだぜ。

「ねえ、学級閉鎖のあいだ、ずっと来てくれない?」

「え? いつまで?」

「あと3日間」

 俺は言葉を失ったぜ。

「はずむわよ」

 うう……悩ましいが、こんな大口をみすみす逃すわけにはいかないぜ。俺は予定していた女たちに断りの電話を入れたぜ。皆が俺に罵声を浴びせたぜ。
 悪夢のような4日間……子どもの相手とデイ子との連チャンで、精も根も尽き果てたぜ。見返りは十分にあったが、次の日には悪寒が走ったぜ。みるみる具合が悪くなり、高熱が出たぜ。

「なんか俺、コロナにかかったみたいなんだけど」

 ──えっ!? うそ、うちは誰もかかってない。

 デイ子の子どもをすり抜けて、俺にうつったのかもしれないぜ。

 ──大丈夫? なにか食べる物持って行くわ。玄関の前に置いておくね。

 まるで味気ないフードデリバリーだぜ。

『置いといた。お大事に』

 数時間後にデイ子からメッセージが届いたので、ガタガタ震える体を引きずって玄関前に置かれた紙袋を取ったぜ。子どもがいる女ならではの心配りを感じたが、デイ子の持ってきた物はどれも高級で脂っこくて、とても病身の胃袋で処理できる代物ではなかったぜ。

(了)

デイ子が出てくる話
第6話「ヒモ男の海水浴」
第11話「ヒモ男のとある1日」
第12話「ヒモ男パーティー」
第13話「ヒモ男、寝取られる!?」

次話「ヒモ男の温泉旅行」

第1話「ヒモ男のラブラブラブホテル」

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