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【ショートショート】ダンシングピストル

「位置について、よーい」

 パン!

 蜂ノ巣先生が打ったスターターピストルを合図に、6年生6人が一斉に走り始めた。コルサコフの『熊蜂の飛行』に合わせ、皆の足の回転も軽やかだ。

 ゴール! 

 パン! 

 ゴール!

 パン!

 ゴール!

 パン! パン!

「ちょっと待って! 今のはフライングじゃありませんよ! 蜂ノ巣先生、音がひとつ多いです」

「あ、すいません、つい」

「頼みますよ」

「では気を取り直して。位置について、よーい」

 パン! パパン!

「ちょっと、蜂ノ巣先生!」

「あ、すいません、指が勝手に……みんな、今みたいに何度か鳴っても気にしないで走っていいからね。あー……いや、ごめん、正直に話すよ。実はね、今年からこのスターターピストルが電子式に変わったんだ。何度も連続して押せるのが、僕はもう嬉しくて嬉しくて、ついついトリガーを余計に引いてしまうんだ……みんな、分かってもらえるかな?」

「もちろんです、蜂ノ巣先生!」

「先生が好きなだけ鳴らしてください!」

 生徒たちの許しを得て、蜂ノ巣先生は走行中もお構いなく何度もピストルを鳴らした。その心地よいリズムに、生徒たちは競争そっちのけでまるで踊っているかのように走った。最終グループの同じサッカー部のツートップで、普段はバチバチ火花を散らしている長谷川と山瀬もこのときばかりは互いに笑顔を交わし、複雑なステップを難なくこなし、下の学年の生徒や保護者たちまでもが「わあ、素敵!」とつられて踊り出すほどであった。
 今や運動会の会場全体がダンスホールとなった。本部のテントで隣同士に座っている理事長と同窓会の会長は、自分たちが踊ることは体力的に叶わないけれども、リズムに合わせて体を動かしていた。

「いやあ、こんなに愉快な運動会は、この美為びい学園始まって以来ですな」

と同窓会長は理事長に向かって言った。

「そうですねえ、蜂ノ巣先生あの男はいつも我々の度肝を抜くことをやってくれますからね」

と返した理事長の頬に赤みがさした。

「まさに男が惚れる男、というやつですな」

 そう言いながら蜂ノ巣先生を見つめる同窓会長の目はきらきら輝き、理事長につられて自分も熱っぽくなるのを感じた。
 隣でナレーションを担当していた事務員の金子美佐は、上気している2人の様子を見て、お茶目なおじいちゃんたちだなと微笑ましく思うのだった。

(了)

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