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【ショートショート】マリの友達

「マリ、金を拾ったんだ。アイスを買ってあげよう」

 呼び鈴が押されたので、マリが急いでドアを開けると、ひとつ上の階に住むジョーイの白い目が隙間に見えた。差し出された手の平には、色の異なる3枚のコインがのっている。

「いいの? ジョーイ」

「ああ、準備をしておいで」

「うん!」

 準備と言っても、猫のぬいぐるみのマルをソファーの上から取ってくるだけだ。

「準備できたわ、行きましょう」

「ああ」

 ジョーイと手をつないで、ふたりで団地の階段を降りていると、ジョーイが4階の踊り場で突然ゲホゲホ咳払いをし、しゃがんで嘔吐した。

「ジョーイ、大丈夫?」

 ジョーイは口から垂れるよだれを腕で拭いながら立ち上がった。

「ああ、何でもない……ものを吐くってことは、俺の体がまだ人間だっていう証拠だから、喜ばしいことなんだ」

「そうなのね!」

 ふたりはまた手をつないで、階下へ降りていった。1階の踊り場には、ふたりの友達のペッシュが、いつもの椅子に座っていた。

「こんにちは、ペッシュ」

 マリが声をかけると、

「やあ、やあ、やあ、ゃぁ、ゃぁ、ゃぁ……」

と、ペッシュはいつもの返事をした。
 通称「墓場」──この団地は、壊れたり捨てられたり、型遅れになったりして、スクラップにする価値もないロボットやサイボーグ、アンドロイドなどが、命のともしびが消えるのを待つ場所である。命を与えられた以上、それを全うさせてやりたいとの社会の親心、、、、、から作られた施設だが、膨張するばかりのリサイクル関連の費用を少しでも削減するという裏の目的がある。
 マリは型遅れの小児性愛者用セックスボットで、ジョーイは元は人間だが、脳以外のあらゆる部位をいじりまくったサイボーグである。マリは人間の食べ物を口にしないが、大人の男の声に反応するようプログラムされていて、年相応に判断力の鈍っているジョーイの誘いに、いつもふたつ返事で付いていく。
 廃棄物があちらこちらに捨てられている雑然とした暗い通りを、ふたりは手を離さずに歩いてゆく。ここ数か月の間に、ジョーイの足取りはマリの歩く速さと変わらなくなった。

「さあ、着いたぞ」

 ホットドッグのキッチンカーの前でジョーイは止まり、

「ひとつ頼む」

と注文し、コインを渡した。店員がバンズにソーセージをはさみ、ケチャップとマスタードをかけて1個差し出した。

「ほら、食べなさい、マリ」

 ジョーイがマリに渡そうとしたが、

「私、食べれないから、ジョーイが食べて」

と、マリが断った。

「そうかい」

 ふたりは店の並びに置いてあるベンチに腰かけた。ジョーイはペチャペチャと音を立て、ところどころ皮下のメタルがむき出しになっている頬をケチャップだらけにしながら平らげた。

「行こうか」

「うん」

 また手をつないで来た道を戻っていると、ジョーイが例の咳払いをして、今食べたばかりのホットドッグが流動体に変わったものを吐き出した。最後は、苦しそうな声とともに、黄色い液体が出てきた。ジョーイはそのまま自らの吐瀉物の上に倒れ込んだ。マリが近寄り、

「ジョーイ、大丈夫?」

と声をかけた。ジョーイは動かなくなっていた。マリがその場に座り、ぬいぐるみのマルを膝の上でトントンと2時間ばかり弾ませ、あたりが西日に染まったころ、キキーっと音を立てて、マリのかたわらにトラックが停まった。のっぺらぼうの作業服の男が出てきて、

「のたれ死に発見〜、うわ、汚ねえ! ま、いっか」

と言い、軽々とジョーイを持ち上げて、荷物であふれたトラックの荷台に放り投げると、代わりにメタルの体がひとつ、ガシャリと音をさせて地面に落ちた。男はそれには気づかず、マリの方を見て、目の前にしゃがんだ。

「お嬢ちゃん、かわいいね。おじちゃんがおいしいお菓子をあげるから、一緒においで」

「うん!」

 マリはひょいっと抱き上げられて、トラックの助手席に乗せられた。マリの行方は誰も知らない。

(了)

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