【ショートショート】虹色野球
先輩調査員「この国では子ども達に対する軍事教育がないようだから、近い将来われわれが攻め落とすのに恰好のターゲットだな」
後輩調査員「僕もそう思っていたのですが、色々と調べてみたら、面白いことが分かりましたよ」
先輩「ほう、何だね?」
後輩「この国では野球が人気です。幅広い世代に受け入れられています。この野球が軍隊的教育と通底しているのです」
先輩「と言うと?」
後輩「野球はこの国の開国黎明期にアメリカ人の教育者によってもたらされ、スポーツの概念とともに急速に広まりました。禅の精神が行き渡っている文化なので、サッカーのように四六時中ボールを追わなければならない競技よりも、プレイの間に余白の多い野球は国民性にマッチしたのでしょう。野球熱は親から子へと受け継がれ、少年野球が盛んです。裕福なエリアでは、子どもとの遊び方か分からない親が罪悪感を払拭する場として機能し、貧しい地域では、仕事や遊びに忙しく子どもに構っていられない家庭に代わり、休日を有意義に過ごさせる場となっています。有志の父親たちは監督やコーチとして関わり、指導的立場に親としての体面を保ち、日常生活で溜まるうっぷんを吐き出し緩やかなサディズムを満たす者もいます。母親たちも、自分達の首を絞めるように、活動を円滑に進めるためにさまざまな係を作り、夫や子どもに尽くします。純粋に野球が好きな気持ちもあるでしょうが、親も子も、チームという組織を維持するために、ある程度の我慢を強いられます。これは、古今東西の賢者が言うように、忍耐は美徳だという教えにも適います。もともとこの国の教育は寺で行われていたこともあり、仏教の影響で男の子は坊主頭にするのが普通でした。それが軍隊にも受け継がれ、野球も同様です。野球を通して規律や上下関係を学び、忍耐力を付け、組織におけるおのれの役割を知るのです。これは精神的な軍事教育です。この国の有事のときには、彼らが真っ先に国から呼ばれるでしょう。国は直接手を下すことなく、幅広い世代とさまざまな階級において意識的無意識的に関わらず軍事教育の礎となる組織教育を担っている野球熱心な親たちに、組織に忠実な若き人材を育成させ、丸ごと手中に収めているのです」
先輩「なるほど、国として大変に効率の良い教育に聞こえるな。ではメモしておこう。『少年野球要注意』……と」
(了)