【ヒモ男シリーズ】ヒモ男と歌うたい
俺はコンパスヒモ男。今日は久々に電車に乗り、新宿へやって来たぜ。高校で一緒だったジゴ郎と飲むためだぜ。俺が先に待ち合わせ場所の居酒屋へ来て席に着いて待っていると、
「よお、ヒモ男」
青い花の束を持ったジゴ郎が現れたぜ。
「おっす、ジゴ郎。なに? その花」
ジゴ郎は花束をテーブルに投げ出し、俺の向かいに座ったぜ。
「占い好きの客のババアにもらった。誕生日教えたら、俺のラッキーカラーが青だっつって、いつもいろいろ持ってくるんだよ」
「はは! 面倒くせえな」
ジゴ郎はホストだぜ。俺たちは近況報告やら女の話などをしながらすこぶる飲み、ふたりとも体中真っ赤だぜ。
「あー、早く寮から出てえ」
と言いながら、ジゴ郎は青い花を1輪ギュッと握りつぶしたぜ。
「あ、思い出した」
ジゴ郎の動きがパタっと止まったぜ。
「何を?」
「1年くらい前に同室になったオッサン。自称ミュージシャンでさ、全然売れねえから稼ぎたいっつって、うちの店に入って来たんだよ。40半ばでチビで、別にしゃべりが立つ訳でもなかったし、なんで採用されたか分かんねえぐれえでさ。部屋にいるときはギター片手に歌歌ってばっかで、『この洗濯物どうするんすか?』って聞いたら、『おう、一緒に洗っていいよ』とか何とか言って、俺にやらせるんだよ」
「ははは! ウケる」
「んで、2週間くらいしたら、『やっぱ稼げないから辞める』なんつって、荷造り始めてさ。最後、なんか去りがたそうにしてて、もじもじして俺の前に来たと思ったら、『金貸して』って言うんだよ。はあ? ふざけんなと思って、そのまま追い出してやろうと思ったら、『お願い、お願い』って拝んでくるんだよ。『あんたに貸す金なんかねえよ!』って大声で叫んだら、急に小さくなってさ……この花みてえに」
ジゴ郎は手を開いて、つぶれた花を俺に見せ、パラパラとテーブルに落としたぜ。
「なんか急に可哀想に思えてきて、財布の中にあった7千円出して、『後にも先にもこれだけだからな』っつって渡そうとしたら、受け取らねえで、ギター背負って出て行ったんだよ。なんか俺が悪いことしたみてえでさ。ひでえ話だろ」
俺は苦笑いしたぜ。
「その人、今何やってんのかな?」
「分かんねえ。マンネンカメ夫って聞いたことある?」
「ねえよ」
「芸名っての? そいつの」
「ふーん……知らねえ」
俺とジゴ郎は千鳥足で店を出て、俺は駅に、ジゴ郎は寮に戻るためにすぐに別れたぜ。賑やかな通りには、俺と似たような酔っ払い連中がわんさかいて、大声でしゃべってたり、座り込んでいたり、嘔吐してるヤツなんかもいるぜ。喧騒を抜けて駅の広場まで来ると、ジャカジャカとギターの音が流れてきて、歌声も聞こえてきたぜ。
並んだふたりの晴れやかな姿
心に深く深く刻まれるでしょう
キラキラ輝くまぶしい笑顔は
明るく照らされた道を
示してくれるはず
ハタチ前後と思われる可愛らしい女が地べたに座ってギター片手に歌っているところに出くわしたので、目の前で立ち止まり、曲の終わりまで俺も座り込んだぜ。パチパチとまばらな拍手が起き、俺もそれに加わり、気づいたら財布から千円札を抜き取って、ギターケースに入れていたぜ。
「ありがとうございます」
女は俺の顔を嬉しそうに見てほほ笑んだぜ。おれもつられて笑ったぜ。涼しい夜風も吹いて、気分がいいぜ。俺が立ち上がり、その場を去ろうとすると、
「待って!」
と、歌うたいの女が声をかけたぜ。
「今終わるの。感想聞かせて」
女は手早くケースの中の金をかき集め、『トキワナゲキ代』と名前の書かれた宣伝用のフライヤーをまとめ、ギターをしまい、肩に斜めにかけて、俺の元へ小走りでやって来たぜ。俺たちは駅に向かってゆるりと歩きながら、
「聞いてくれてありがとう。最後の曲、どうだった?」
「上手かったよ」
「友達のお姉さんの結婚式で作ったの」
「その場で作ったの?」
「まさか! 式の1か月くらい前に頼まれたの」
「へー、ギターもできて歌も歌えて、曲も作れるなんて、何もできない俺から見れば天才だよ」
ナゲキ代は照れ笑いしたぜ。
「天才なんかじゃないよ……パンチがないって言われた。デモ音源送った先の音楽会社の人に。『きっと君は、空は青に、太陽は赤にしか塗ったことがないんだろう?』って」
「すげえ例え」
「でも確かにそうだったから、何も言い返せなくて……多分、才能ないんだと思う」
しゅんと肩をすぼめるナゲキ代を横にして、俺は何も答えられないぜ。そのとき、ふらっときて、俺はその場に座り込んだぜ。ナゲキ代もしゃがんで、
「大丈夫?」
と、ストレートの長い黒髪を耳にかけながら、心配そうに俺の目を覗き込んだぜ。
「ちょっと飲み過ぎた」
「うちで休めば?」
「近いの?」
「うん、歩いて行ける」
ナゲキ代の肩に手をかけて、寄りかかりながら歩いたぜ。裏通りの古いアパートの1階の1番奥の部屋に案内されたぜ。オレンジ色の照明の中、女の子らしいポップな色合いの雑貨が並べられているぜ。
「ベッド使っていいよ」
言われるがまま、俺は体をうつ伏せにバタンとベッドの上に投げ出したぜ。
「助かった。ありがとう、ナゲキ代ちゃん」
と言ったのを最後に、記憶が飛んだぜ……。
ふと目を覚ますと、ナツメ球の薄明かりの中にいるぜ。周りを見ると、赤いビーズソファに体を埋もれさせたナゲキ代が、頭を前に垂らして寝ているぜ。用を足してベッドに戻る途中、ナゲキ代も目を覚ましたぜ。
「ごめん、起こしちゃって」
「大丈夫」
ナゲキ代は目を擦りながら、健気に答えたぜ。その仕草が可愛くて、思わずしゃがんでキスをしたぜ。とろんとした寝ぼけ眼のナゲキ代も抵抗することなく、そのまベッドでゴールインだぜ。
爽やかな朝の青い光で2度目のお目覚めだぜ。
「仕事じゃないエッチって、のびのびできて気持ちいい」
どうやらナゲキ代は、人には言えない職業に就いているようだぜ。俺も似たようなもんだぜ。連絡先を交換して、俺は部屋をあとにし、駅までの道すがら、無意識に鼻歌を歌っていたぜ。
10日ほど経ったころ、新宿界隈での仕事の帰り道、バイクで信号待ちで停まったら、歩道にあったライブハウスの看板に目が留まったぜ。
『ノッソリーズ feat. マンネンカメ夫』
と書いてあるぜ。19時からのライブだぜ。もうすぐ始まるようで、数人がすでに列を作ってるぜ。ちょっと覗いてみようかとバイクを歩道にのせたら、スマホが鳴ったぜ。『今から会える?』と、ナゲキ代からのメッセージだぜ。
『7時から見たいライブがあるけど一緒にどお?』
『いいよ。どこ?』
場所を伝えると、30分くらいで来れそうとのことだぜ。俺も列に並び、地下のライブハウス入り口でチケットを2枚買ってから、地上に戻ってナゲキ代を待ったぜ。
「お待たせ」
自転車で到着した手ぶらのナゲキ代にチケットを渡したぜ。
「お金払うね」
「いいよ、誘ったから俺のおごり」
ナゲキ代は礼代わりの溌剌とした笑みを投げかけたぜ。
「なんか、友達の知り合いが出るみたいでさ。マンネンカメ夫って知ってる?」
ナゲキ代は首を横に振ったぜ。
「たまたま通りかかって名前見つけたから、見てみようと思ってさ」
「誘ってくれてありがとう」
ライブハウスに入ると、演奏はすでに始まっていて、後ろのバーでふたりともソフトドリンクを頼んでから、最後尾でステージを眺めたぜ。チビでサングラスのオッサンが、エレキギターを提げて中央にいるぜ。きっとあれがカメ夫だぜ。しばらくインストが続いてから、
「次は『雨上がり』」
と、カメ夫はマイクに口を当てながら言い、イントロに入ったぜ。曲調も照明もメロウたぜ。何かが始まりそうな予感がするぜ。
雨上がりの道を
ひとり歩いているよ
君を想い涙浮かべながら
照り返す光が胸を刺す
君と速さ合わせ並んで歩いた日々は
もう戻らない 分かっているけど
もう一度その手を握りたい
遠く雲の切れ間の空の下
君は笑っているだろうか
僕が奪った無垢な笑顔を
雨に洗われた真っ新な顔に
取り戻したかい?
雨上がりの匂い
甦る君の姿
水溜まりに足を投げ入れて
汚れた服を見て泣いていたね
走る雲を見上げ声を失った君は
僕のもとへ裸足で駆け寄り
行かないでと顔をうずめたのさ
遠く雲の切れ間の空の下
君は笑っているだろうか
僕が奪った無垢な笑顔を
雨に洗われた真っ新な顔に
取り戻したかい?
ごめん僕はダメなヤツさ
こんな僕だけど
いつか君と会ったときは
またパパと呼んでくれるかい?
心濡らす雨はいつまで続くだろう
切ない余韻を残して、湧き上がる拍手に反比例して照明が暗くなり、曲が終わったぜ。拍手がある程度引くと、
「今の歌は、生き別れになった娘のエル子に捧げます」
と、カメ夫は聴衆の一人ひとりの心に届くような、ねんごろな声で締めくくったぜ。見た目はチンチクリンでも、要所でキメてくるところに、キャリアの長さを感じるぜ。
「お父さん!」
女の叫び声がして、場内がざわつき、皆後ろを振り向いたぜ。叫んだのは、俺の隣にいるナゲキ代だぜ。顔を歪めて涙に濡れているぜ。
「お父さん……私、エル子だよ」
皆、前にいるカメ夫を見つめたぜ。
「エル子……? 君がエル子……?」
カメ夫が言い終わると、またたくさんの顔がエル子を凝視したぜ。
「うん……裸足で走って抱きついたこと、歌聴いて思い出した。黄色い長靴はいてたことも」
カメ夫の困惑した表情を、皆は固唾を飲んで見守ったぜ。
「……君のお父さんの名前は?」
「ツル夫……センネンツル夫」
「エ……エル子オオオオォォォォ!!」
ツル夫の大声はマイクに拾われ音量を増し、ハウリングを起こしてライブハウス中を轟かせたぜ。ステージ上で両手を広げたカメ夫目がけて、客が左右によけて中央に作った花道を、エル子はタタッと一気に走り抜け、ステージにジャンプして抱きついたぜ。
「エル子ォ、ごめんな、お父さんらしいことを何ひとつしてあげられなくて」
「私の心もずっと雨に濡れてたんだよ、お父さん」
親子の感動の再会に、客の間からも鼻をすする音がちらほら聞こえたぜ。俺もちょっとばかし涙がちょちょ切れたぜ。皆から「おめでとう!」「よかった!」「親子万歳!」などの声と拍手が漏れたぜ。エル子はツル夫から体を離し、
「あのね、お父さん、私もギターやってるよ」
「そうなのか? じゃあ……」
カメ夫は自分の肩にかけていたギターをエル子に渡し、何か耳打ちすると、エル子は笑顔で数度頷き、ギターを弾き始めたぜ。エル子の演奏に合わせ、ベースやドラムもぱらぱらと入ってきて、予備のギターを裏から持ってきたカメ夫も加わったぜ。親子セッションの始まりだぜ。ライブハウス中が一体となったような感動的で温かいライブになったぜ。
「ヒモ男くんのおかげでお父さんに会えたよ。ありがとう」
ライブ終了後、父親と連絡先を交換したエル子は、俺のもとへ戻ってくるなり、感慨深げにそう言ったぜ。一緒にライブハウスを出て、エル子の家で飲もうということになり、俺はバイクで、エル子は自転車に乗り、道路と歩道で並走しながら向かったぜ。途中、酒屋で酒や食料を調達したぜ。
部屋で飲みながら、エル子は自分の境遇を語ってくれたぜ。幼いころに両親が離婚し、母親に引き取られ、母の実家で祖父母と暮らすことになった。潔癖な母親は、ツル夫の痕跡を一切残さず、写真1枚残っていなかったため、顔もよく覚えていなかった。母の束縛が疎ましく、高校卒業と同時に、家出同然に家を飛び出し、デリヘルのバイトをしながら、好きな音楽活動を続けているのだという……話し終えて、ほどよく酔っ払ったエル子は、俺に体を預けてきたぜ。いい香りのする頭を撫でてやると、すうすうと猫のように寝息を立て始めたので、そのまま横になると、エル子を上にして俺も一緒に寝てたぜ。
目を覚ますと、エル子がおれのムスコを愛でているぜ。手を伸ばしてまた頭を撫でると、にっと笑顔を見せてから、俺にまたがったぜ。朝になるまで、何度も絡み合ったぜ。
その後も時々エル子の家で会っていたが、エル子がツル夫と始めた"オヤコーコーズ"という親子デュオの活動で忙しくなってきて、徐々に疎遠になっていったぜ。珍しい親子ロックバンドは、テレビやラジオ、動画配信サイトなどを賑わせ続けているぜ。ジゴ郎から聞いた話は、俺だけの胸にしまっておくぜ。
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?