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山本てら
2023年2月14日 19:49
伊勢物語のお気に入りの部分を現代を舞台に小説にしてみました。「母さん、ちょっと来てくれ。蛍が話があるらしい」「あ、はい、今行きます」 蛍の好きなりんごジュースを用意していた母の渚は、夫の良一に呼ばれて慌ただしくコップの蓋を閉め、ストローをさした。娘の蛍の部屋に入ると、ベッドに仰向けに寝ている蛍の両目が力なく母を追っている。渚は蛍の口元へ耳を近づけた。「……い……たい」「え?」
2023年2月12日 09:18
あの人の香りがした気がして振り返ったが、誰もいなかった。楡の木の下でギターを弾いていた長髪の男が忘れていったナイフを手に取ると、殺風景な黒い柄に、みるみる渦巻き模様が刻印されていった。これがあの人の好みなのかな……と思いながら、こんなにも容易く道具が手に入ったことが嬉しかった。 家に着くと兄が出かけるところに出くわした。「どこに行くの?」「…………」「その格好、仕事じゃないよね」