#1803 個別最適で協働的な深い学び
「個別最適な学び」や「協働的な学び」が提唱されて久しい。
しかし、この2つの言葉は、「中央教育審議会答申」から出たものであるため、法的効力はないと言っていい。
この2つの言葉だけに踊らされてしまうと、学習の自由さや個別性、ICTの活用ばかりが重視され、「活動あって学びなし」「這い回る経験主義」に陥ってしまう。
一方、「主体的・対話的で深い学び」という言葉は、「学習指導要領」に書いてある文言である。
もちろん、「学習指導要領」には法的効力が存在する。
そのため、「主体的・対話的で深い学び」を目指した授業改善をしなければならないし、このような学びこそが(現状では)「本質的な学び」と言うことができる。
では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」は無視していいのか?
もちろん、そんなことはない。
「個別最適な学び」というのは、「主体的な学び」をより鮮明にしたもの(上位互換)と捉えることができる。
また、「協働的な学び」というのも、「対話的な学び」をより広げたもの(上位互換)と捉えることができる。
つまり、「主体的・対話的で深い学び」は、「個別最適で協働的な深い学び」と置き換えることができるのだ。
このことから言えることは、ただ一つ。
「深い学び」というものは、欠かすことのできない「本質的な学び」に必要不可欠な要素であるということだ。
「深い学び」というものは、「教科等特有の見方・考え方」を働かせ、教科等の目標に関わる「資質・能力」の育成を目指す重要な学びである。
この点こそ、忘れてはならないのだ。
つまり、「深い学び」の実現こそ、教育の「不易」の部分なのである。