帰国への機内で起きた、忘れたくないこと |チベット編-2
チベット編(2019年)-2
チベットから帰国するための飛行機の中で、今でも覚えている印象的な出来事があったので書いておきたい。
帰りの飛行機で、隣の席におそらく中国人の男性が座っていた。
彼は機内食の食事を、くちゃくちゃと音をたてながら食べていて隣の私は「この音、ほんと無理…勘弁して。中国の人って食事中に音を立てて食べる場合があるから、困るんだよな。」とイライラしていた。
もうーーーこの音、無理!!!!!
イライラと怒りが最高潮に達した頃、彼は席を立ち上がると今度は自分の子どもと思われる赤ちゃんを抱っこしてあやし始めた。
その姿を見てハっとさせられた。
少し俯き加減に赤ちゃんの顔を愛おしそうに見つめる彼の立ち姿が、とても美しかったからだ。
あまりに大切に、温かな眼差しであやしているその姿からは、まるで菩薩のような神秘的といえるくらいの空気が漂っていたのだ。
そこでさらにハっとした。
『私はどうして彼を中国人だと決めつけていたのだろう?彼はたしかに音を立てて食事をしていたけど、中国人だという証拠があるわけではない。』
今までの旅では何年も前になるものの上海や新疆ウイグル自治区を訪ねたことがあり、食事中に音を立てたり、食べた後の骨等を皿ではなく直接テーブルの上に置いたりすることは現地文化なのだと当時教わっていた。それら過去の経験や、中国圏の飛行機内にいること、彼のビジュアルからきっと中国人なのだとしていた。
でも証拠があるわけじゃない。それに何より私はイライラしながら、彼を人間だというより〇〇人だというカテゴリーから見ていた。そのことにハッと気づき、同時に少し怖くなった。イライラと不快感に、随分と気持ちを持っていかれていたな…と気づいたからだ。
食事中に大きな音を立てながら食べている人がいたら、日本の文化からしたら不快感を覚える場合は多いだろう。
でも、ささやかなことかもしれないけれど、
こうして戦争が始まるんじゃないかと思ったのだ。
相手を同じ人間だと想う気持ちより、〇〇人とみる気持ちばかりになるところから、戦いと分断が生まれていくのではないかと。
彼のうつくしい凛とした立ち姿が、今も心に焼き付いている。その姿を今も忘れられないし、あのとき機内で感じた気持ちを忘れたくないと思っている。