アンダルシアと昔の自分のnoteに助けられる日
あなた、返事しなさいよ。さっきから料理してるでしょ、知ってるんだからねいるのは。いるなら返事なさい、唐草。
下の階のパティオから私を呼ぶ声がする。
ここ数日、椅子に座っているうちに時間が過ぎた。
さっき、ピンポンと玄関のドアが鳴ったような気がしたが、机にへばりついたままのおでこはなかなか上を向かなかった。
そうは言っても、ご飯は食べたい。
こういうときは日本食に限る。そう思って、きのこ入りの雑炊でも作ろうかと準備をしていたときだった。名前を呼ばれたのは。
私を呼んでいたのは、長屋の下の階に住むぺパだった。
さっき、ルイス(ぺパのご主人)があなたのところに行ったのよ。返事がなかったって帰ってきたけど。あなたの足音は聞こえたように思ったから、おかしいなと思って、あの子(夫)に連絡したら、唐草は家にいますって言うじゃない。そして、ご飯のにおいがしてきたものだから、呼んでみたのよ。あなた!、家にいるなら返事なさい!
一気にまくしたてられ、さっきまでおでこが机に同化してたんですなんて言えない私は窓越しにぐずぐずの挨拶をした。
ドアの取っ手、見ていらっしゃい。庭でとれたレモンとオレンジよ。あなた好きでしょ。いい?今度から返事なさいね。まあよかったわ!
◆
私の博士課程は、宙に浮いたままだ。
学部長と秘書室に連絡したものの、返事はない。
K先生からは、候補になりそうな先生を学内で探していること、今日探して明日という風には進まないが、ちゃんとやっているから心配しないで、というメールが届いた。
私のおでこは机にくっついていたが、noteの皆さんから頂いたコメントに大変励まされた。
木曜日あたりから、少しずつ起き上がりつつある。
まずは国内の研究者たちの論文を読み始めることにし、関係のありそうなことをやっていそうな人がいるか調べ始めたところだ。担当教官になってくれそうな人を探すために。修士のときはテーマ自体がタブーと言われていたが、今回はそこへ新しい(?)手法を入れるとなると、興味を持ってくれる人はいるだろうか。夫はおもしろがっている。You have to find someone crazy enoughと言って。
そして、博士課程で必須となっているセミナリオやクラスに参加し始めた。近隣の大学に連絡をし、たまたま見つけた社会学のセミナリオにも申し込んでみた。私のテーマとはかなり離れているが、だめ元で連絡してみたら、おいでよ!と言ってくださったので、行ってみることにした。動いていれば何か見つかるだろうと信じて。
状況に応じて、国内の他の大学も選択肢に入れてもいいのかもしれない。また、現時点で海外に行く可能性は低いだろうが、視野は広く持っておきたい。そして、日本人のある先生にもとても興味がある。連絡してみようかどうしようかと迷いながら、夏ぐらいから1人で勝手にドキドキしている。
Akioさんは、私のことを「困難な壁に、ノンブレーキで、顔面からぶつかっていくような」とおっしゃった。
宜なるかな。
そもそも、エネルギーの使い方が間違っているのかもしれない。
困難な壁をわざわざ選んでいるわけではないが、往々にしてなぜかそうなるようだ。夫に言ったら、そうじゃないとあなたじゃないでしょうと返ってきた。
そして、壁に対する私の戦法は、今のところ体当たりだけだ。
◆
スーパーで、日本の茄子を見つけた。
スペインに住み始めてもうずいぶんになるが、初めてのことだ。
こっちで売っている巨大な茄子じゃなく、細長い紫色のものが見えたので、もしやと手に取ったらJAPONESAと書いてあるじゃないか。
ついにアンダルシア田舎にまで!
嬉しさのあまり隣の人に話しかけそうになったとき、葱(チャイブ?)を見つけた。
茄子の次は葱か?
静かな感動で震えながら、緑の小さな花束のようなものをそっと手に取った。
種類(品種):KATANAと書いてあった。
KATANAは刀でいいんだろうか。意味がわからない。
誰が名付けたかわからないが、そう言われてみればKATANAに見え……ない。
軽い脱力感に襲われつつ、私はKATANAをかごに入れた。
家に帰ってからおそるおそる作った、茄子とKATANAの煮物は、出汁がよくしみてとてもおいしかった。
今週、昔のnoteにスキをいくつか押してくださった方々がいた。
懐かしくなりそれらの記事を読んでみたら、我ながらあほみたいなことを書いていた。
そうか、最近の私はこういうあほみたいな要素が足りていないのかもしれない。
私のnoteは勢いとぼやきだけでできているようなものだ。馬鹿だなあと思うと同時に、過去の自分の無意味な一生懸命さとくだらなさに助けられた。
何が助けてくれるかわからないものだ。
◆
同じ大学に残るのか、学校を変わるのか、博士課程自体をやめるのか。
これからどんな風に進んでいくのか自分でもわからない。
でも、世界は広い。
きっと、私の体当たりを受け止めてくれる人や場所がどこかにあるはず。
そう信じて進もうと思う。
ぺパと話した後、ドアを開けたら、大きなレモンとオレンジが入った袋が取っ手にかかっていた。
にゃー。