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暑中お見舞い申し上げます
"Aquí no hay quien viva"というテレビシリーズがある。
かなり誇張されているとも言われるが、そうでもないと、この町に住んで7年になる私は今さらながら思っている。
◆
今住んでいるピソでは、年に1回、居住者全員が集まる会議が開催される。
建物の状況、問題、改善点などを話す総会のようなものだ。
去年はその会議がなかった。そのため、2年越しで隣に住むパコがEl presidente de la comunidad(日本でいう、マンション管理組合の理事のようなものだろうか。以降、「プレジデンテ」とする)をしている。今年は私たちに回ってくると思うよと言われていたので、夫は心してミーティングに挑んだ。襟付きのシャツを着て。
会議の数日前、プレジデンテであるパコが作成した文書が郵便受けに入っていた。
会議日時:
6月6日(月)18:00
第二候補日:6月6日(月)18:30
夫が不思議そうに言う。
どうして第二候補日が、同じ日の30分後なんでしょうか。別の日にはできなかったんでしょうか。みんな遅れてくるだろうから、わざと同じ日にしてあるでしょうか。
始まる前からアンダルシアのにおいがぷんぷんする。
まあ、それも当日確かめてきたまえと言って、夫を送り出すことにした。会議には一家につき一人の参加が必要となる。もちろん私も参加できるのだが、その時間はちょうど仕事中である。また、私のスペイン語でプレジデンテなど務まるまいと思ったため、夫にお願いすることにした。
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このピソには約30家族が住んでいる。
当日、時間通り18:00にやってきたのは数人だったらしい。
「どうやら、候補日ナンバーツーになったようです!」
夫からテキストメッセージが届いた。
つまり、30分遅い18:30開始になったようだ。どういうわけだか、こういうとき、夫は現場リポートを欠かさない。
不思議なことに、18:30には新たに10名以上が集まった。最初から18:30でよかったのではないか、大変不思議に思った、というメッセージが届いた。
さて、いつものように雑談から始まった会議は、その後とんでもない方向に流れていくのだが、この時は誰も知らない。
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注文することができた。
会議が始まってすぐ、議長でもあるピソ管理会社の担当者が席を外した。かかってきた電話に出るためらしかった。
その瞬間、プレジデンテのパコが一気にまくしたてた。
「おい、会議を今日に設定したのは俺じゃないからな。月曜日の夕方にするのなんか嫌だったんだ。月曜なんか、みんな来れないに決まってんだろ。でも、あいつ(管理会社の人)がこの日にしろっていうから、同じ日に二つも候補時間を書いたんだ。だから、俺じゃないからな!」
しばらくすると、担当者が戻ってきた。
みんな、目が笑っていないような微妙な表情で担当者を迎えています、とメッセージが届く。夫は暇なんだろうか。
かくいう私も、会議の進行が気になって、仕事が手に着かなくなってきた。
ところで、このとき夫はまだ自分が来期のリーダーになると思い、一生懸命メモを取っていた。
会議は次のように進んだそうだ。私も順を追って振り返ってみたい。
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【議題1:地下駐車場の工事】
今回の会議の最重要トピックであった。
築数十年のこのピソには、中庭がある。大理石とタイルが敷き詰められた、シンプルかつアンダルシアらしいデザインである。
アンダルシアの日差しはきつい。その直射日光は、全ての石にまんべんなくあたることがないため、石と石の間に少しずつひびができてきた。冬には雨が降り、夏の間にできたひびの間に水が入る。翌年の夏には、また新たなひびがはいる。そして、冬に水が入りこむ。
その繰り返しで、中庭の真下にある地下駐車場と倉庫に少しずつ水がたまってきているそうだ。前から問題になっていたが、今回思い切って工事することになったらしい。そのためには、ピソの外門から中庭を通って共用玄関に行くまでの通路もなおさなければならない。かなり大掛かりな工事である。
工事費
ここからが問題である。
この大掛かりな工事を一体誰に頼むのだ、というところで話が止まった。管理会社は、一社から見積もりをとっている。その見積もりによると、大体3万5000ユーロになるらしい。そこへ税金やなんやかんやを足すと、3万8000ユーロだそうだ。
住民たちから、ひいと悲鳴が上がった。
ピソは30室あるので、一家あたりの負担は約1000ユーロ(約14万円)となる。会議室に、数秒間の奇妙な静寂が訪れた後、皆が一斉に叫び出した。
「何を言うてくれてるんだ!」
「冗談じゃない、いきなり1000ユーロなんか出せるか!」
笑顔の担当者は、この状況を見越していたのか、落ち着いた表情で続ける。
「心配しないでください!分割にすると、皆さんの負担は軽いんですよ。5年払いにすると、ほら、毎月約28ユーロ(4000円弱)です。どうですか?」
皆が少し安心したような顔をみせる。
それは数字のマジックですよ、と夫は思ったらしいが、静かに動向を見守ることにしたらしい。
その後、お金を払うのは自分たちだから、ちゃんと工事をしているか監督する人が必要である、と言う意見が出た。
皆が同意する。
「そうだ、わしらの金だぞ!ちゃんとやってもらわないと困る」
じゃあ、どこに頼むのかとなったが、誰もそういった会社を知らない。
「君がやるかい?」
参加者の一人が、昔、建設関係の仕事をしていた男性に聞いた。
「いやいや、僕はやらないよ」
どうしようかと、みんながぶつぶつ言っていると、管理会社の担当者が言う。
「誰もいないようですので、私の兄に頼んでもいいでしょうか」
ただでさえ失業率の非常に高い町である。仕事は作るものだ。そして、身内にまわすものでもあるらしい。
管理会社の身内が工事の監督をするのか……と皆が全力で反対したいような顔をしたが、そうかといって、他に心当たりがない。
監督料は追ってお知らせしますと担当者が言う。
「おかしなことになってきました」
夫の現場レポートは、臨場感たっぷりである。
私はもはや仕事そっちのけで、次のレポートを待つようになった。
さらにふくらむ工事料金
駐車場には、倉庫がついている。壁にもペンキを塗ってきれいにする必要がある。別途7000ユーロちょっとかかるらしい。
「そうすると、さっきの3万8000ユーロに7000ユーロを足して、もろもろ含めると4万6700ユーロぐらいになります。あ、工事の許可も必要です」
担当者は笑顔で話す。
4万6700ユーロ(650万円ぐらい)というと、この町では小さいピソが買える値段である。
「5年払いにすると、皆さんの負担は月35ユーロぐらいですね!」
さっきの28ユーロから、さりげなく上げてきています。みんな怒っていますよ、と夫からメッセージが入る。
「こうなったら、5年じゃなくて、20年払いでもいいかな!?その頃にはわしらおらんし!ははははは!」
どさくさに紛れて、70代のルイスが言う。冗談のようだが、その顔は真剣である。
ルイスの冗談に皆が笑わなかったところで、以前、洗濯物干しロープの所有権をめぐる攻防戦を繰り広げた下の階のペピが話し出した。市役所で働く彼女は、こういっためちゃくちゃな提案の仕方が我慢ならなかったようだ。もともとピソの管理費は月80ユーロとかなり高い。そこへ上乗せで35ユーロかかるなんて、私たちの生活はどうなるのだ。そして、見積もりにしても、一社からしかとっていないとはどういうことだ。それが高いのか安いのか、どういう内容なのか、比較のしようもないではないか。
それもそうだ、と他の住人たちが彼女に同意する。さっきまで担当者にうまくまるめこまれそうになっていたが、まるで最初から自分たちもペピと同じ考えであったかのように話している。
「いいでしょう。でも、工事は急がないといけないので、見積もりを取る期限は20日間とさせて頂きます」
担当者は、最初の見積もりで進める気満々だ。これも身内の会社なんでしょうか、と夫は考えた。
ペピも負けてはいない。
この一つの見積もりをとるのに2カ月かかったといっていたが、どうして新たな見積もりは20日でとらないといけないのか。
担当者が言い返す。
工事を急がなければいけないこと。今ある見積もりは今年の1月にとったものである。戦争などでインフレが生じており、新たに今の会社から見積もりをとっても、もっと高くなるかもしれない。待てば待つほど値段が上がるかもしれない。早い方がいい。
しぶしぶ、皆が20日で納得する。もし、それまでに新たな見積もりがなければ、これで進めることになった。
ちなみに、工事は1カ月半で終わると言う。
マスクの裏では、何を言っているのだという顔で夫はメモを取っていたらしい。
ここはスペインである。1カ月半で終わるわけがない。
まだまだ会議は続く。
しかし、皆それぞれどうやって毎月の35ユーロを捻出しようか考えているせいか、あまり集中していない。
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ちょっと濃い目であった。
【議題2:掃除会社のこと】
議題がピソの掃除にうつった。
現在、このピソは清掃会社と契約をしており、週に数回清掃が入る。
「私たちは、いつも一番安い清掃会社を選ぶことはありません!結果的に高くつくことが多いからです。ですから、これまで、ちゃんとした会社と契約をしてきました!」
担当者が自信をもっていう。
「ですが、今回問題が生じました」
工事料金の次は何なのだ、と皆が嫌そうな顔をしている。
担当者によると、最近まで契約していた会社は、登録情報に虚偽があったという。
先日、急に会社の名前が変わったと清掃会社から連絡があった。振込口座も変わった。
管理会社は、少し不審に思い、その清掃会社に会社の登録情報を送るよう連絡をした。届いたその文書を見ると、明らかにおかしい点があった。税務署に確認すると、偽の書類であったことがわかった。また、掃除に来てくれていたお姉さんたちは、正式登録されたスタッフではなかったことも明らかになったらしい。よって、その会社とは契約解除となった。
皆、少なからず驚いている。
ただ、その後も毎週来てくれる掃除のお姉さんは同じ人である。いつも携帯電話で大声で話しながら掃除をしており、あまりきれいになってないのではないかと皆が疑問に思っていたお姉さんだ。
担当者が言う。
「それはですね、会社には問題がありましたが、彼女には問題はありません。だから、彼女は清掃サービスを続ける権利があるのです。だから、彼女は私たちが契約した新たな会社に登録し、そこから派遣されています」
確かに、権利となれば仕方ない、という顔で皆が聞いている。
しかし、こないだは一カ月程違う人が来ていたではないか。彼女は携帯電話で話はしないし、実に感じがよく、手際がよかった。
「あ、彼女はですね、一カ月来たのですが、もう続けたくないというので、来なくなったんです。サービスを提供する側にも断る権利はありますから、来たくないなら来なくていいんです」
一カ月間、別の人が来て、また今回いつものお姉さんに戻った理由がわかった。
「ただ、新しい会社の料金は今までより少し高いので、管理費も4ユーロアップの84ユーロになります。まあ4ユーロですから、全然変わりませんね!」
いつものお姉さんで、いつもの微妙なサービスなのであるが、彼女が登録している会社が変わったため、料金もさりげなくアップされる。
夫は、皆さんの権利のお話はわかりました。しかし、お金を払っている私たちにはどんな権利があるのでしょうか、と思ったらおかしくなって、笑いをこらえるのに必死だったらしい。
このあたりから、夫の現場レポートも、少し冷静さを欠くようになってきた。
同時に、会議に参加している住民の不満も最高潮に達していたようである。
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【議題3:消火器の会社】
ええと、どこから始めればいいでしょうか、と担当者が言った。
私たちが住んでいるピソでは、年に一度、建物内に設置されている消火器の点検作業がある。担当者が設置会社に「今年もよろしくお願いします」とメールを送ったが、待てど暮らせど返事がない。電話をすると誰も出ない。
いよいよこれはおかしいと思った担当者は、その会社があるビルまで行ってみた。すると、ビルはもぬけの殻であった。何が起きたのだ。怖くなった担当者は、警察に連絡をした。
警察によると、なんでもその会社は、表向きのビジネスこそ消火器の販売・設置業などであったが、実際のビジネスはドラッグの栽培や密輸に関係することだったそうであった。かなり手広く行っていたそのビジネスは、警察の知るところとなり、今回の逮捕に踏み切ったようだ。そんなわけで、会社はもうないよとのことだった。
「そんなわけで、消火器の会社を変えますね!」
もう、その部屋にいた誰も何も言わない。
「でも、皆さんはラッキーなんですよ!私たちは、まだ今年の契約をしていませんでしたから、今年の料金を払っていなかったんです。他のピソで、既に今年の契約をしていた人たちは、もうお金が返ってこないんですから。いやあ、よかったですねえ!」
その話を受けて、皆、顎がテーブルに着きそうなほど、大きい口を開けていたと夫が言う。一人が「まあ、そしたら、しゃーないな……」と言い、「……お、おう。まあな、そういうことなら……」と他の誰かが答えた。
さすがのアンダルシア人たちも、これは予想していなかったらしい。私の理解の範疇も大きく超えてきた。
その後、必死にその場を明るくしようとする担当者と、彼が話せば話すほど不機嫌になる住民たちとの距離は、遠くなる一方であったという。
この頃には、夫が来期のプレジデンテにならないことが確定していた。消火器会社の話の少し前に、次のプレジデンテは〇〇さんにお願いしますと自分とは違う人の名前が呼ばれたからだ。夫が選ばれなかったのは、「まだ新しいから」が理由であったらしかった。しかし、会議に参加しているうちに、こんなめちゃくちゃな管理組合でのプレジデンテなど勘弁してもらいたいと思った夫は、プレジデンテにならなくてよかったと内心ほっとしたらしい。また、プレジデンテになっても、実際に一番権利があるのは管理会社であるらしいこと、または、サービスを提供する会社なのではないかと思ったようで、プレジデンテとは、「プレジデンテ」というかっこいい名前を使える役であることもわかったと言っていた。
その時、突然、下の階のぺパのご主人であるルイスが立ち上がった。
「忘れるとこやった!今日は、これだけは言えと奥さんに言われたから、言う!」
「中庭にある、石のベンチ! あれは撤去してくれ!と奥さんが言っていた。僕はそうも思わないけど、とにかく奥さんはそう言っていた。確かにメッセージは伝えた!以上!」
もう、みんな何もかもどうでもよくなっていた。
「あれは、石でできているから、誰も盗めない。それはとてもいいことだ」
「そうよ、盗まれないからいいのよ」
石でできているから誰も盗らない、だから設置したままでという実にアンダルシア田舎らしい意見に皆が同意したところで、会議という名の管理会社の報告会は終わった。
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終わりに
会議が終わり、それぞれが部屋に戻るときのことであった。
ルイスとパコと夫の3人が横並びで歩いていた。
「さっきは言わなかったけどよ。俺は本当はさ、中庭には噴水を置くべきだと思うんだ。ほら、アルハンブラ宮殿みたいに」
びっくりして、パコの顔を見た夫に、パコは瞳をきらきらと輝かせながら続ける。
「毎朝、水の音で目覚めるなんて、最高じゃないか」
地下に水が漏れるということで、今回の工事をすることになったのだが、さらに噴水などおいてどうするのだ、と夫は思った。常に、一階で水が噴き出ていることが、いいわけがない。よほど、ルイスも夫も、何を言ってるのだお前は、と言いたかったが、会議の疲れと、2人とも、アルハンブラ宮殿のような中庭を持ちたいというパコの少年のような夢をこわしたくなくて、笑顔でうなずくにとどめたらしい。
帰ってきた夫は、会議で起こったことをそれは事細かに報告してくれた。彼にとってもカルチャーショックが大きかったに違いなく、私にとっては、もうそれは宇宙で起きているような話であった。
忘れないうちに書いておきたかったのと、今からしばらく浦島太郎期に入るため、こちらをもって皆さまへの暑中見舞いとかえさせていただこうと思う。
これを読んで、アンダルシアに来たいと思ってくださる方が増えるか減るか。それは、私の知るところではない。
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