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『たゆたえども沈まず』(原田マハ 著)

※ネタバレ(?」します。

【内容】
画家ゴッホの生涯を、その周辺でゴッホを庇護していた弟のテオや日本人画商の加納重吉と林忠正の視点から描き出す。


【感想】
先日、画家のゴッホを目指した棟方志功についての小説『板上に咲く』を読んで、同じ作者がそのゴッホについて書いていると知り、読んでみることにしました。

画商の日本人の加納重吉と林忠正から始まり、ゴッホの弟である画商のテオといったゴッホの周辺にいた人々から立体的にゴッホについて語られいました。
読み進めていって、ゴッホをテーマにした小説なのに、なかなかゴッホは登場しない…
小説の4分の1を超えたあたりで、やっと地味にゴッホが登場しました。

棟方志功の活躍やその作品のテーマは、柳宗悦の存在がなくては世に出ることがなかったように、弟のテオやパリの画商を運営する日本画家の加納重吉と林忠正が重要な役割を果たしていたとのことでした。
ゴッホにアルルの移住を勧めたのが、林忠正のアドバイスだったとか…
林忠正が、ゴッホの弟のテオに、当時入手が困難だった浮世絵を優先的に販売することが、ゴッホの後の絵のスタイルに多大な影響を与えたとか…

それから、ゴッホ自身も画商で働いていて、絵画の知識もあり、弟のテオから浮世絵や印象派といった当時最新の絵画事情を知らされていたということも、自分の中で漫然と抱いていたゴッホ像と違っていて意外でした。

近現代の美術史をわかりやすく解説しているといった面でも、とても面白く読むことが出来ました。
大人のための『マンガ始めて物語』みたいだなあと…
(※80年代にテレビで『マンガ始めて物語』という、過去にタイムリープして色んなものの成り立ちを解説する30分ほどの子供番組。)
ものを知らないお姉さん役が加納重吉、色んな解説をする役が林忠正といった感じだなあと思いました。
(ちなみに加納重吉は、作者の創作なのだそうです。)

欧米圏では、ゴーギャンがタヒチで未成年の少女を情婦として囲っていたことを理由に、その作品が展示できにくい状態にあるといったニュースも聞こえてきたりもする昨今の状況を思い出し、時代の流れを感じたりもしました。

耳を切り落としゴッホがうわごとのように語った言葉は、タイトルにもあるセーヌ川を表す『たゆたえども沈まず』であり、それはパリを描きたいということだったという…
それはアルルに向かう前に林忠正がゴッホに語った言葉であったのだと…
様々な人々の思いが交差する中で、ゴッホの絵が描かれていたというこの本のテーマを指し示したとても良い書いた本としてタイトルだなあと思いました。

ちょうどこの本を読んでいる最中に、東京藝術大学美術館で開催している『大吉原展』を観たのですが、そこに展示された沢山の浮世絵を観ながら、この小説のことを思い出していました。
この小説に出てくる林商会の林忠正が、吉原に関する著書を翻訳していたりといったエピソードも出てきたり…
浮世絵がフランスを始めとした欧米圏で持て囃された数十年後、浮世絵で描かれていた遊女達の多くが生まれた東北の貧農の出の棟方志功。そんな地方出身の棟方志功のドメスティックな風土に根差した版画が再び、世界的な評価を得だことなどを思い出したりしていました。

そもそもゴッホの心のうちなんて常人にはわからないから、少なくともより普通人である重吉やテオからゴッホを描くことで、ゴッホという人間を立体的に描こうとしたのだと思いました。
そういえばこの手法は、その後に棟方志功について描いた『板上に咲く』でも行っていました。
こうした実在の偉人たちの人生を描くのに、嘘っぽくしないための仕組みとして、この手法はかなり有効なやり方なのだということがよくわかりました。

https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344031944/

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