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漂流の果てに仰ぎ見る「アナザースカイ」 -立花隆『青春漂流』

文章添削士がおすすめの本を紹介する、「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、石井秀明さんによる、立花隆『青春漂流』の紹介記事をお届けします。

2024年8月現在、TBSテレビ系列で放送されている番組に「アナザースカイ」という旅番組がある。

毎回ゲスト(ほとんどが有名人)が登場し、人生の転換点となった場所を再訪して、今までの人生を語るという番組なのだが、もし仮に、この番組に登場する人物を私が選べるとするならば、ぜひ、登場してもらいたい人たちがいる。

それが、本書に登場する11人の若者だ。

本書は「田中角栄研究」や「宇宙からの帰還」といった秀逸なルポルタージュで有名な立花隆氏による1985年(今から約40年前)に出版されたインタビュー集である。

立花氏は、プロローグでいう。

これから始まる連載に登場してくる男たちは、いずれも、(中略)青春の真っただ中にいる男たちだ。だから、迷いも惑いもまだ山のようにある。(中略)その男たちと、人が生きるということについていろいろ語ってみたい。彼らから、何か悟りに満ちた言葉をききだしたいとは思わない。むしろ迷いを語ってほしいと思う。

そう、このインタビュー集が特徴的なのは、有名人になる「前」の、まだ海のものとも山のものとも分からない、でもきらりと光るものを持ち、きっとこのあと頭角をあらわすであろうと立花氏の眼鏡にかなった若者の、「生の声」を収録したものだということだ。

登場する若者(年齢は当時)は、以下のとおりである。

稲本裕(オーク・ヴィレッジ塗師 32歳)
古川四郎(手作りナイフ職人 33歳)
村崎太郎(猿回し調教師 22歳)
森安常義(精肉職人 33歳)
宮崎学(動物カメラマン 34歳)
長沢義明(フレーム・ビルダー 36歳)
松原英俊(鷹匠 33歳)
田崎真也(ソムリエ 25歳)
斎須政雄(コック 34歳)
冨田潤(染色家 34歳)
吉野金次(レコーディング・ミキサー 36歳)

一般的なメディアに取り上げられ、名実ともに有名になった人(反省ザルの村崎氏やソムリエの田崎氏)もいれば、その世界でのレジェンドになった人(ナイフの古川氏やミキサーの吉野氏)もいる。

しかし、その後どれだけ有名になったかなど大きな問題ではない。

ここに記されているのは、たしかに40年前の若者の言葉であるが、その言葉の重みは普遍的なものだ。

修行を終え、自分が何者であるかは見えてきたものの、往くべき道はあまりにも遠く、試行錯誤を続ける毎日。その中で紡がれた言葉だからこそ、彼らの言葉は共感を呼ぶ。

ここに描き出された彼らの「迷い」と「惑い」は、あなたのものであり、私のものでもあるのだ。

だからこそ私は、来た道を振り返る、40年後の彼らの「今の言葉」が聞きたい。

古川氏には、ナイフ修行をしたアメリカの工房を再訪してもらいたい。

田崎氏には、徒歩で回ったフランスのシャトーをもう一度めぐってもらいたい。

冨田氏には、早朝から深夜まで織りの研究にいそしんだイギリスの専門学校を訪問してもらいたい。

彼らの「アナザースカイ」を語ってもらいたいのだ。

立花氏はエピローグでいう。

この連載に登場した若者たち一人一人、それぞれに『船出』の時があった。(中略)自分が求めるものをどこまでも求めようとする強い意志が存在すれば、自然に自分で自分を鍛えていくものなのだ。そしてまた、その求めんとする意志が十分に強ければ、やがて『船出』を決意する日がやってくる。

かつて自分の可能性を自分に賭けて船出した彼らの言葉は、きっと今を生きる若者やかつての若者にも「刺さる」はずだ。

(かく言う私も、彼らの言葉が見事に刺さった読者のひとりである。当時24歳の私は、この本を読み、日本語教師としてアメリカに渡ることを決意した。私の「アナザースカイ」は、夏のジョージア州のむせかえるような湿気を孕んだ鈍色の空である)

前を向く力がほしいとき、誰かに背中を押してもらいたいとき、ぜひ、手に取っていただきたい一冊である。

(執筆者:石井秀明)

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