葛藤のその先にあるもの -恩田陸『蜜蜂と遠雷』
文章添削士がおすすめの本を紹介する「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、茅根康義さんによる、恩田陸『蜜蜂と遠雷』の紹介記事をお届けします。
と主人公が言う。
音楽の場合は「楽譜」がある。
そこには作曲者がその曲に込めた「想い」が詰まっている。
そして、ピアノ奏者は作曲者の「想い」を想像し、自分の解釈という「色」を加えて演奏する。同じ楽曲でも、奏者によって違いが鮮明になる。
この小説は、3年に1度開催されるピアノコンクールを舞台に、予選から本選を通してそれぞれの奏者の歓喜や苦悩といった葛藤を含めてメイキング映像を見ているかのような錯覚になる。その一方で、楽曲に対するイメージを文章から感じることができ、実際の演奏を聴いてみたいと思わせてくれる。
ピアノコンクールは純粋に参加者の演奏に対して審査員が優劣を付けるといった場だけでなく、コンクールに入賞することでプロの演奏家としてデビューすることができる「オーディション」の場でもある。そこには、演奏家だけでなくそれを支える人たちの期待や声援といったものも含まれている。演奏家はそれらを背負っているだけに、多大なプレッシャーの中で演奏することに恐怖を感じるといったことが起こる。
主人公もその中のひとりである。
かつて、コンクール直前でプレッシャーを感じて舞台に立つことができなかった。
一度ネガティブなイメージを持たれてしまうとそれを払拭するには時間がかかる。ましてや、ブランクがあることで自分自身が果たしてあの時と同じような演奏ができるのかを思うとさらに不安になる。もちろん、その姿を好奇の目で見る人たちも数多くいるだろう。
それでも彼女はコンクールに参加し、プレッシャーを克服することができた。
この作品は、主人公だけでなく個性の異なる登場人物についても丁寧に描かれているので感情移入をするという読み方ができる。コンクールで受賞した人たちだけでなく、予選で敗退していった人にもスポットライトが当たっている。
また、文章で紹介されている「楽曲」についても紹介されている。
タイトルを見ただけで楽曲がイメージできるものもあると思うが、今まで知らなかった楽曲についても実際に演奏を聴いてみるとよりこの本に対してイメージしやすくなる。
文庫版だと上下巻あって長編ではあるものの、一気に読ませてくれる作品である。
秋の夜長に長編小説を読み、音楽の世界に浸ってみるのはどうだろうか?
(執筆者:茅根康義)
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