指導的立場の方へ―牟田都子『文にあたる』
文章添削士がおすすめの本を紹介する、「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、雨宮幸一さんによる、牟田都子『文にあたる』の紹介記事をお届けします。
皆様は「校正・校閲」という仕事があることをご存じのことでしょう。石原さとみさん主演のドラマ〈地味にスゴイ! 校閲ガール〉で、その詳細を知った方も多いと思います。今回紹介する図書は、そんな校正を生業とする牟田都子さんが、仕事の詳細や校正をすすめながら感じていることを書き綴ったエッセイ本です。
フリーの校正者である著者牟田都子さんは、作家から指名され校正を行うことも多く、順番待ちの場合があるほどの人気だそうです。そしてこの本を読みすすめると、仕事に対して真摯かつ愚直に向き合う著者の姿がありありと浮かび上がってきます。
「校正・校閲」あるいは「添削」は作者が書いた小説、評論、論文などの文章をチェックする役割を担いますが、文法的な間違いを指摘しファクトチェックなどを繰り返しているうちに、上から目線になり、あたかも指導的立場になりがちです。場合によっては指導者になることも必要ですが、作者の意図や気持ちを理解し寄り添い、より良い文章に仕上げていくことが理想です。
そんな心持を綴った章がいくつか出てきます。例えば『どこまで赤くするか』『かんなをかけすぎてはいけない』です。明らかに文法的な間違いがある一文をめぐり、直したほうがいいと提案するが直さない作家とのやり取りが取り上げられますが、最終的には著者牟田さんは「自分がその意図を読み切れていないのではないか」と振り返ります。
また、翻訳文の校正で「立ち止まらなくてはならない」いわゆる悪文を目にした時には、「サクサク読める」文章に直すのではなく、「念のため」という立場で鉛筆を入れるのだそうです。
私はこの本を読んだとき、自分自身のふるまいを問われているような気持ちになりました。歳を重ね経験を積むと、会社や地域社会などのコミュニティで上位者の立場に置かれることが多くなります。その中で文章の書き方、仕事の進め方などを指示指導しますが、著者牟田さんが校正する時と同じように振舞えているのか、とても心配になってきます。指示指導する立場ではなく、相手の気持ちに寄り添える人間になることを校正という仕事を通して示してくれる一冊であることは間違いありません。
人は皆年齢が上がると指導的立場にならざるをえません。そんな立場になった時、間違いを徹底的に正し、自分自身が理想とする姿になるまで磨き上げばかりいては、仲間の立場や人格を傷つけてしまうことがあります。部下指導や仲間とのコミュニケーションに悩む方に是非お薦めしたい本です。
(執筆者:雨宮幸一)