テニス上達メモ042.集中とは「無視する勇気」。自分軸で生きると、かえって人間関係がびっくりするほど良好化し、自己肯定感もびっくりするほど高まる!
▶情報が増えると集中力の分散が起こる
「相手からショットが放たれたら、すぐ横向きに!」
「ボールの高さに合わせてテイクバックすることが肝心!」
「スピンをかけるには、ラケットダウンが必要だ!」
「インパクトは踏み込み足より、ボール1個分前!」
「ボールを追いかけるようにフォロースルーすれば、コントロールアップ!」
「フィニッシュでは、体の開きすぎに注意して!」
「そして言い忘れたけど、スイング中は軸をまっすぐに立てておくことも忘れずに!」……etc.
わずか数秒間で、かくも多くの技術的アドバイスが提案されます。
すべて、正しいはずです。
そしてプレーヤーは実行してみるのですが、ただしそれでも上手くいかない場合、「もっと良い方法はないものか?」「まるで魔法のようなアドバイスはないか?」「さらに上達するコツはないか?」などと、情報量を増やす方向で求めてしまいがちです。
この記事を読んでいくださっている読者諸氏のなかにも、もしかするとそういう人がいるかもしれません。
▶増やすべきは「ボールに関する情報量」
しかし、情報が増えて、考えること、実行する項目が多くなりすぎるとどうなるかというと、「集中力の分散」が起こります。
当前ですよね。
食事をしながらテレビを見て、勉強をしつつ、明日のテストの心配をしていては、ご飯の味は分かりません。
ですから「ただボールに集中すればよい」のであり、もっと平たく言えば、「ボールに集中する以外は何もしなくていい」というシンプルに行き着きます。
ひとつの対象に集中するとき、その集中力は頑張らなくても、いやが上にも高まらざるを得ないのですから。
すると、ボールに関する情報の量が増え、質も上がります。
つまり、ボールの回転が見えたり、サイズの変化が見て取れたりするなどの情報が入っています。
増やすべきはこの情報量なのです。
さて、ここから本題。
タイトル回収していきます。
▶「今は忙しいから」が言えますか?
結論から言うと、「自分軸」で生きていないと、集中は難しいという話。
「他人軸」で生きる人がいる。
つまり、自分よりも他人の都合を優先したり、他人の目(いわゆる世間体)を気にしたり、過剰に気を遣ったりするようでは、いいか悪いかは別にして、集中するのは難しいのです。
他人軸……。
一見すると親切そうだけれど、むしろ不親切でもあり、他人との関係性がかえって悪化して、生きるのがつらくなる理由は後述します。
たとえば自分が何か作業をしている最中、他人から話しかけられたら「すぐに応じなければならない!」が染みついている人。
すなわち、自分の作業に「集中できていない」のです。
自分軸で、自分の作業に集中する人は、他人から話しかけられても、「今は忙しいからちょっと待ってほしい」が言えるし、そもそも本当に作業に深く集中していると、他人から話しかけられる「声」が、聞こえません。
▶集中と道徳は別
こういう違いが出るのは、幼少期からの育てられ方に由来しているのだと思います 。
「人に迷惑をかけてはいけない」
「人に気を遣わなければならない」
「人の顔色をうかがわなければならない」
もちろん処世術としては、自他の軸はバランスしだいであり、協調性を発揮するには、道徳的に他人を無視するわけにはいきません。
しかし「集中と道徳は別」。
集中とは自分軸で生きて、限られた条件内では実は他人を「無視する技術」であると言えます。
限られた条件内とはも、テニスなら「インプレー中」となりますね。
インプレー中に限っては、対戦相手や見ている人たちは、眼中にない。
なくていい。
裏を返せば、そのとき、「ボールだけが眼中にある」のです。
自分だけで、ボールに集中すればよい。
そうすれば、上手くいきます。
わがままで、自分勝手で、いい。
そうしないと、集中を阻まれます。
▶「無視する勇気」を出してみる
やはり幼少期からの育てられ方に由来しているのでしょう。
それは、道徳的には正しかったのかもしれない。
「人に迷惑をかけてはいけない」
「人に気を遣わなければならない」
「人の顔色をうかがわなければならない」が染みついている人は、「無視できない」のです。
「いい人」すぎます。
ですからここでは覚えやすいように、ベストセラー『嫌われる勇気』に倣って「無視する勇気」を、テニスゼロからご提案。
他人のことなど、知ったことではない。
自分に実害を及ぼすならまだしも、そうでなければ「ガン無視」で、自分軸をズドーンと貫くのです。
たとえば先の例になぞらえれば、自分の作業中に話しかけられても、すぐに応答しない。
「スルー力」と言い換えてもいいかもしれません。
ひと呼吸置くようにします。
そうすると一瞬、「無視した空気」が漂うから、特にいい人であるほど「気まずい雰囲気」を覚えるかもしれません。
すぐに応答したほうが、道徳的にはふさわしいと感じてしまうのです。
しかし、「道徳と集中とは別」なのでしたね(もちろん、嘘ばかりつく不道徳者は心が落ち着かない、という側面もあるけれど)
▶「知ったこっちゃない」
実害が及ぼされるならまだしも、他人が何をしようと、どうあろうと、自分には「知ったこっちゃない」。
こんな些細な(だけどいわゆる「いい人」であるほど覚悟のいる)「無視する練習」から始めてみる手習いを、幼少期からの呪縛を解き放ち、「集中体質」へ生まれ変わるために試してみます。
「他人のことなど知ったこっちゃない……ですって!?」
「そんな横柄な態度でいると、タイヘンなことになる!」と考えるのは、「思い込み」です。
自分軸で生きると、本当に生きるのが、かえって「楽になる」のです。
「タイヘンなことになる!」どころか、「人生が好転する」のです。
相手が、上司であれ、パートナーであれ、最愛の人であれ、限られた条件内(それは食事中とか、会議中とか、テニスであればインプレー中であるとか、その時々のシチュエーションによります)、自分軸をズドーンと貫くのです。
すると、相手が、上司であれ、パートナーであれ、最愛の人であれ、関係性が、びっくりするほど良好化します。
▶他人軸はかえって他人に迷惑をかける
他人軸で生きると、一見すると親切だけど、非集中体質だから、一時が万事、パフォーマンスがローレベル。
すると、上司であれ、パートナーであれ、最愛の人であれ、結果的に不親切を招きますし、相手のほうを気にするあまり、依存的にもなって負担を強いてしまうのです。
こうなると、気を遣うのとは裏腹に、関係性がびっくりするほど悪化して、生きるのがつらくなるのです。
▶「無視する勇気」で高まる「自己肯定感」
先の作業中の例では、話しかけられても「ちょっと待ってほしい」が言えるのは、相手の許容性を信頼している証であり、他者肯定感が高いから、正比例の関係性である自己肯定感も高まります。
ですから、自分軸で生きると、逆説的に人間関係が、びっくりするほど良好化するのです。
そのための手習い「無視する勇気」(※注1)。
その時々の条件内に限っては、人のことなど、「知ったこっちゃない」。
ガン無視で構わない。
食事中、「何か話しかけられたらすぐに応えなければならない!」思いが染みついている人は、一生、食事を通じて「味わう」経験は、孤食でない限り、できないのです。
味わうことに集中するならば、そこはいったん、「スルー」しましょう。
▶あなたも「集中体質」に生まれ変われる
最後にもう一度、テニスに話を戻します。
インプレー中に限っては、対戦相手や見ている人たちは、「眼中にない」で構いません。
裏を返せば、そのとき、「ボールだけが眼中にある」。
自分だけで、ボールに集中すればよい。
そうすれば、上手くいきます。
自分軸で生きる「無視する勇気」は、集中体質を育む、スタートであり、ゴールであると言えます。
▶注釈まとめ1:自己肯定感についての補足
※注1
他人を気にする人のなかには、沈黙に耐えられず、つい、話しかけようとしてしまう傾向性も見て取れます。
「何も提供しない自分には価値がない」と感じて、話す(話題を提供すべきと感じる)のです。
自分軸で生きていたら、そんな気を遣わずに済むから「楽になる」、とも言えます。
ですから、自己肯定感が高い人といえば、一般的には「明るく賑やかな印象」かもしれませんけれども、そればかりではなく、「物静かで、落ち着いていられる雰囲気」のタイプも少なくありません。
逆に、無理してまで明るく賑やかな印象を作ろうとするのは、「偽りの自分」を演じているわけですから、自己否定感にさいなまれている裏返しとして見て取れたりもするのです。
▶注釈まとめ2:物静かな「自己肯定感」
偽りの自分を演じている以上、相手を「だましている」わけですから、他者肯定感が低いという観点からも、正比例の相関である自己肯定感も低いのです。
明るく賑やかな雰囲気ばかりが、自己肯定感の高さではありません。
落ち着いた、物静かな印象のなかにも、自己肯定感の高さは宿ります。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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