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【作品紹介】『草履に蛙』の謎に迫る#後編「丸屋履物店に救われる の巻」

 早速、自己脳内整理用の記録を綴って参りましょう。
 なお、小見出しの番号は、#前編 からの通し番になります。


4:スケールの謎

 #前編 で例に挙げた 正直 が彫り上げた ガマガエル(下画像)は、裏返しになった草履と比較すると頗る大きなカエルであることが分かります。

 逆に、ガマガエル の全長(吻端から総排出口までの長さ)を、その種の最大サイズ 16㎝ に仮定した場合、この草履は 20㎝程度 になるわけです。
 となると、何か微妙な感じがしてきませんか? 

正直の『 草履に蛙 』:根付の図鑑《動物》吉田ゆか里 著 より

 そう、随分と小さいのです。
 何が?
  草履の大きさ ” がです。

 勿論、意図的にスケールアウトさせている場合もあります。
 故に、その辺は鷹揚に捉えなければならないのですが、ここまでリアリティーを持たせて作っているのだから、ある程度は草履と蛙の間の縮尺に整合性を持たせていると考えた方が自然なのではないかと考えました。
 
 その上で「この草履って、子ども用なのか?」といった仮説も頭に浮かんできましたが、草履の仕様(鼻緒等)から、相応の立場の大人が履いていたに違いあるまいという考えに至ったわけです 。

足回りのボリューム感を強調

 当然の事ながら、江戸時代の人々の体躯よりも現代人の方が大きいことは認識していましたが、それにしたって程度があろうかと … 。
 現代人(男性)の足の平均サイズ  25.5〜26.5cm に対して、件の草履のサイズは、大きく見積もっても 20cm余 ですからね … 。
 履物のサイズで5cm以上の差が生じるとは到底思えなかったのです。(せいぜい2〜3cm位の差が妥当かと。)
 
仮に草履が子ども用だったとしても、『 草履と蛙 』のメッセージ性が失われることはないし、むしろ、子の無事を願う親の願望を代弁していると考えれば、何ら不思議はないと。何しろ「可愛い子には旅をさせよ」なんて諺も残っているくらいですからね … 。

5:錦絵に描かれた様相

 而して、かような疑問をそのまま放置しておくわけにもいかないので、解決の糸口を 錦絵 の中に求めて色々と物色してみたところ、所蔵本の中に分かりやすい事例(下画像)を見つけました。

㈶日本民俗資料館 (発行S52.4/16) 図録「浮世絵」 より(自己所蔵)

 掲載した錦絵は、東洲斎 写楽 「 三世大谷広次の土佐の又平 嵐龍蔵の浮世又平 」です。(二人の歌舞伎役者を描いた錦絵)
 注目すべきは、向かって右側の人物 浮世又平 の足元で、足の指が草履の先端から突出するくらい深く履いているのですね。
 こうした様相は、他の錦絵でも散見されました。(※草履の性質上、浅めに履いている事例も少なくはないが … 。)
 
 そうなると「足の指が突出しているのは何故か?」が気になりますよね。
 まさか、” 浮世絵師の過剰演出 ” なんてことはないでしょう。
 当時の人々が ” 勿体ない精神 ” を発揮して、多少小さくても無理をして履いていたとか、若しくは、足よりも小さめの草履を選ぶのが粋だったとか、はたまた、足の指を出した方が踏ん張れるからとか … 等々。
 いやはや、門外漢の僕では到底想像が及びません。

嵐龍蔵が演じる浮世又平が履いている草履

 がしかし、足のサイズよりもやや小さめの草履を履いていたことが薄っすらと分かってきたわけです。
 仮に ” それ ” が事実だとすれば、草履が20㎝前後だったとしても整合性が保たれるはず。更に、あのガマガエルと草履のスケール感は妥当だったということになるわけですよね … 。
 けれども、何かしら釈然としない。早い話が ” 裏付け ” がないから腑に落ちないのですね。

 そのようなわけで、現代人の足の大きさと、18〜19世紀の人々の足の大きさの異なりについて調べてみることにした。
 しかし、悲しいかな、なかなかどうして精度の高いデータには行き当たらなかったのです。(強いて言えば、女性のデータは見つけた。)

傷んだ草履の雰囲気が出せたのか?

 そうこうしている間に、作りたいという欲求が疑問を上回ってしまった僕は、幾つかの『 草履に蛙 』を製作してしまったわけでして … 。

 そもそも ” 手仕事 ” ですからね。
 必要以上に観念的にならずともよいと … 。
 手を動かして数をこなさないと習熟度も上がっていきません。何事も反復は必要だし、反復でしか得られない経験・知見も少なくないのです。

 とは言いながらも、心底納得して作っていないことから、どこかしら言い訳めいた感情を胸に抱えながら作っていたことは否めませんでした。

6:救いの手は突然に

 かように悩ましい時を過ごしていた一昨年の春先のこと。
 ふとした思いつきから、足のサイズではなく草履からアプローチしてみることにしたのです。← 気付くのが遅い!

 幸いなことに、方針転換して直ぐに行き当たったのが、東京は品川に店を構える老舗 丸屋履物店さんの YouTube でした。

 この動画を見つけた時は、思わず小躍りしてしまいましたね。

 下駄と草履という違いはあるものの、丸山履物店さんの若主人が調べてくださった事柄は、客観的で且つ信頼に足るものでした。
 興味のある方は、是非にも動画を見て頂きたく思います。

 かくして、若主人守貞謾稿もりさだまんこうという資料から、江戸時代後期の男性の足の大きさ:7寸2〜3分(凡そ22㎝前後)を見い出しておられました。 

 加えて、江戸時代の遺跡から発掘される下駄のサイズ20〜22㎝ の物が多いという事実から、件の「 守貞謾稿 」に記された値が妥当であることを確認しておられました。
 
 僕は、この事実を以て、件の『 草履と蛙 』における縮尺問題 に一応の結論が出たと判断しました。
 それも、肯定的な結論が! 
 此度ばかりは、先達の作品を無駄に暴くような後ろめたさもあったので、心の底から安堵しました。

 僕の取るに足らない興奮はここまでにしておきましょう。
 何はともあれ、丸屋履物店さん若旦那粘り強さ賢明な裏付けの合わせ技には脱帽するばかりなのです。 
 個人的には、当時の一般人と力士の足サイズの差(1寸余)が、現在も余り変わっていないという事実が興味深かったですね。(勿論、女性の足サイズの変遷やお婆様のお話も頗る参考になりました。)
 また、前出の ” 浮世又平 ” が履いている草履の鼻緒が、紙緒かみおの中の一種 緒太おぶとと言うことも、他の解説動画で知りました。

 此度は、丸屋履物店さんのお陰で救われました。
 本当に有難うございました。
 僕の声が届くとは思えませんが、この場を借りて感謝申し上げます。

  なお、前出の動画の他にも履物屋さんならではの切り口が冴える動画が多数ありますので、丸屋履物店さんのチャンネルをご紹介しがてら、芳ばしい動画の一部を勝手ながら掲載させて頂きます。

 若主人の冷静客観的な推理と考察が秀逸。古の品川宿の光景がひしひしと伝わってくる話でした。「ろくでなしBLUES」を引っ張り出してくるあたりが冴えてます(笑)。

 ジコ坊の一本歯下駄の納まりが、木造建築における伝統的な木組みの仕口に相通じることが分かりました。

 太鼓持ち一八たいこもちいっぱちの下駄の価値が判明しました(笑)。落語好きには堪らない情報でしたよ。

 情報過多と言われて久しい昨今です。
 されど、文責のある情報に辿り着くまでに費やす時間には、あまり差が無いような気がする今日この頃。
 とまれ「きっと誰かが調べてくれているはず!?」という淡い希望を持てるのもまた ” ネット社会の利 ” だと捉えることもできるのでしょう。
 そんな感慨に耽りつつ、今日もまたネットの海に溺れる僕なのでした。 

7:呑み込んで咀嚼した結果

 といった迷走の時を経た僕は、満を持して『 草履に蛙 』に取り掛かったのでした。

「ミニコーラよりも小さく」は裏目標

 自分の中で ” ガマガエルと草履が奏でる縮尺問題 ” が決着できたことで、前にも増して大胆に、且つ意思をもってデフォルメすることができたと感じています。

 かような変化に加え、従前の作品よりも ” 根付の役割 ” を重視して、ガマガエルの姿勢を低くしてみました。ガマガエルが頭をもたげていない分、腰回りに提げた時の装着感が改善していると思います。

新作(左)と手元に残るガマガエル達

 こうした反省や修正の道程もまた、反復の賜物だと言えるでしょう。
 やはり、手を動かさないと駄目ですね。

8:未だ 謎 は残る

 さてと、これで「一件落着!」になったのかと言えば … さに非ず。

 例えば … 
 「草履よりも草鞋わらじの方が旅を想起させる履物なのでは?」
 「あのガマカエルは、なんで草履の踵側に顔を向けているのか?」
 
といった疑問が解決をみていません。

 こうした終わりのない疑問は、古の名人上手の手による優れた造形の節々には必ず意味があると感じてしまう性に端を発しているのです。
 勿論、情緒に過ぎる思考は、ミスリードを助長する場合もあるでしょう。 がしかし、ミースの名言「神は細部に宿る」という言葉もまた真を突いているわけで、やはり ” そこ ” を見過ごすわけにはいかないと …  。
 それが故に「何故?」が際限なく生まれてくるのです。

 いずれにしても、それぞれの疑問に対して、自分なりの解(想像以上 考察未満)を持ちながら、手を動かし続けるしかないのでしょう。
 本当の答えは、あの「 草履と蛙 」一番最初に製作した先達のみぞ知るってところが真実であり、また落し処なのかもしれませんね。


 さてと、ここらで凡人の謎解きは終わりとさせて頂きましょう。 
 稀有で酔狂で賢明な読者の皆様にありましては、この二編に続く駄文にお付き合い賜り、ただただ感謝申し上げる次第です。

ご案内

興味のある方は、こちらもご参照くださいませ。

【使用材料】
 本体:黄楊(ツゲ:御蔵島産)
 目の素材:水牛の角(象嵌)
 仕上げ材:染料(ヤシャブシ)、イボタ蝋
 付属品:桐箱、手作りクッション、正絹組紐
【サイズ・長さ】  
 本体サイズ:約 H47㎜×W33㎜×D25㎜(最大部分で計測)
 ※この場合のH寸法は草履の先から踵までを指します。

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