東洋思想から見るヒューマンキャピタル
ヒューマンキャピタルという黒船?
仕事をしていると、さまざまな外来語を耳にします。我々のいる人材開発関係ではWell-being(心身と社会的な健康)、Psychological Safety(心理的安全性)、Self Awareness(自己認識)などが最近よく取り上げられます。この分野では日本より米国の方が先進的という共通認識があるのか、目新しい外来語に対して無条件の畏怖や礼賛があるような気がしています。
しかし、ふと考えてみると、これらは「絶好調」「侃侃諤諤」「致知」のことでは?なんだ、昔から日本語でもあるじゃないですか。
そしてもう一つ、Human Capital(人的資本)という言葉が世間をざわつかせております。人的資本という日本語や概念自体は新しいものではありませんが、2020年に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して「人的資本の情報開示を義務づける」と発表したことから「これは世界的な潮流になる、これから日本企業も対応が求められる」とされ、Human Capitalという黒船来航のイメージができあがってきたのかもしれません。
不安と重宝、そして落し穴
これまで「終身雇用制度の終わり」とか「これからはジョブ型雇用」とか言っていた世間が、にわかに「人こそが最大の資本だ」と言い始めました。それ自体は裏表の関係ではないので両立も可能なのでしょうが、なんだか不安を煽られながら重宝されているような不思議な感覚です。
ジョブ型では、まず企業側は、職務を全うするためのスキルや勤務条件などを職務記述書(Job Description)に定めて求人します。求職者は、優秀な専門知識を持った人材として自身を売り込む必要があります。しかしここで意識したいのは、資格や語学などのハードスキルだけではなく、人格などのソフトスキルやパーソナル・ブランドです。
欧米ではMBA(経営学修士)のリーダーのほうが組織運営に失敗するという研究結果があるくらい、専門知識やそれを執行するスキルがあるだけでは不十分ということを示しています。これに対して東洋思想では、昔から「徳才兼備型リーダー」という考えがあります。人徳と才能を併せ持つ必要があり、さらに言えばその順番は、先に人徳、次に才能です。
パーソナル・ブランドについてもすでに漢字があります。「人品」です。辞書をひくと「気高く尊敬を買う人徳と、品格に満ち満ちている様」や「容姿や身なりなどから判断できる風」などと書かれています。
漢字は智慧の記号です。品という字は口が3つ、つまり3人以上の批評を表しています。「人品」はその人の自己評価ではなく、3人以上の他者評価で決まります。ブランド(人品)は、他者の認知によって生まれる価値です。そこに行きつくための過程が「ブランディング」で、他者からどのように認知されたいかを本人が考え、ふるまうことです
人的資本経営は情報開示ではない
人的資本経営に関して、企業側には社員の契約形態・性別比率・離職率・育休取得率・福利厚生利用など情報の開示義務が出てきます。「人的資本」を重宝していることを開示することで、株主や顧客や学生などさまざまなステークホルダーから「選ばれる企業」になるためです。ただし数値指標だけ見栄えが良くなっても、企業は真摯に社員一人ひとりの資質に向き合わなければ、一足飛びに強い組織は作れません。
四書五経の『大学』に「物有本末、事有終始。知所先後、則近道矣。(物に本末あり、事に終始あり。先後(せんご)する所を知れば、則ち道に近し)」という言葉があります。「モノには本質と枝葉があり、コトには始まりと終わりがある。その順番を正しく知れば、結局それが一番の近道」という意味です。
人的資本経営において、情報開示の見栄えを良くすることだけに注力するのは本末転倒です。「人こそが最大の資本」というのが本当に出発点であるならHuman Capitalという黒船に慌てることなく、個々の従業員の資質を知ることが遠回りのように見えて一番の近道なのです。
個人も企業も自身の本分を明確に
個人の資質については、前回のnoteの中にある「本分、自分の生き方」の章で紹介しています。そして企業にも本分があります。黒船用語ではパーパス(purpose)経営として知られています。「自社の存在意義を明確化し、どのように社会貢献を行うか」主導の経営ということです。
個人が自身を本分を明確にすることで、自身が活躍できる場、企業が明確になります。そして企業も本分経営をすることで、どんな人材と共に成長していきたいか明確になるでしょう。これは決して机上の空論ではありません。私たち東洋で長くあった経営の姿です。
車文宜・手計仁志
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