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シン映画日記『聖地には蜘蛛が巣を張る』

TOHOシネマズシャンテにてデンマーク、ドイツ、スウェーデン、フランス合作のイラン製作映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』を見てきた。

邦題や宣材のポスター/フライヤーからいかにも訳ありで不穏そうな映画の雰囲気を醸し出してた『ボーダー 二つの世界』を手掛けたアリ・アッバシ 監督の最新作。概ね看板に偽りがない様子で、イランで巻き起こる連続殺人事件をドキュメンタリータッチで描きながら、イランのイスラム教文化ならではの女性蔑視や倫理観からいい意味で予想外の展開に転がり、重い社会派ドラマとしての手応えが強い映画である。

2001年9月、イランの聖地マシュハドでは娼婦をターゲットにした「蜘蛛殺し」による連続殺人事件が起こる。女性ジャーナリストのラヒミは単身でマシュハドに乗り込み、犯人を自ら捕まえるためにある作戦を実行する。

ストーリーは事件を取材するイラン人の女性ジャーナリストのラヒミの目線と、娼婦を次々と殺める中年男性の目線の両サイドから描く。なので、犯人はわりと早い段階で分かってしまうが、その代わり、中年男性の私生活と事件を起こす様子も事細かに見られる。

連続殺人事件を引き起こす殺人鬼の様子はほんの一瞬で、それ以外は妻子もいる建設現場のおじさんで、いわゆる市井の人として描かれている。時折、戦争経験の影響によるPTSDに悩まされるが、家族でピクニックに行ったりもする微笑ましい様子からの凶行にギャップがあり、重さがある。

ラヒミ目線のドラマでは事件現場周辺の取材をする様子を描きながら、ホテルや警察での些細なトラブルから事がスムーズに運ばない。そこにイスラム教社会ならではの女性蔑視的な動きが垣間見られ、女性に厳しいイスラム社会の闇をそこここで見受けられる。にも関わらず、取材をより深く関わり、より良い記事にしたいがために取るある行動はかなり危険かつ大胆で、この視点だけで見ればハリウッドの女性スパイアクションのようなスリリングさがあり、不謹慎ながら楽しめる。

後半からがある意味この映画の本番であり、事件の動機や本質が描かれるが、その根本にはイスラム教の女性や娼婦に対する考え方や価値観、倫理観がベースにある。そこには「娼婦はけがわらしい、悪しきもの」という考え方があり、悪に対する正義の行動。それが事件を起こす個人だけでなく、イスラム社会の一般の大多数の人や司法や警察をも巻き込む。その大多数の人たちの雰囲気から殺人犯でも意外な結果が出るんではないか、といういい意味で変なハラハラドキドキがあり、そこからの終盤の重さも強烈無比。

サスペンスではあるが、それ以上にイスラム教ならではの価値観、倫理観、女性蔑視がふんだんに盛り込まれ、イランならではのサスペンス映画に仕上がっている。昨年公開されたアスガー・ファルハディ監督のイラン映画『英雄の証明』や日本映画『それでもボクはやってない』とは真逆の映画、だからこそ不謹慎な面白さに満ち溢れている。

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