【1話完結小説】リクエスト

晩御飯の鍋が煮えるまで少し暇だったのでスマホをいじっていると、写真フォルダに覚えのない動画が入っていた。3分間のその動画を再生してみる。どうやら、今日の夕方スーパーへ行くため運転している私を助手席から撮影したものらしい。

「…あっぶな!このオバハンなんで急に車線変更すんのよ、下手くそは運転すな」
「お母さん口悪すぎ」

「まったく、雨降ってるし寒いわー」
「そうだね。僕、夜はお鍋が食べたいな」

「夫婦2人になっちゃったのに料理するの、やだなー、辛いなー、分量とか相変わらず慣れへんしなー」
「ごめんね、お母さん。僕、お母さんの料理、めっちゃ好きだったよ」

…息子だ。私のひとりごとに反応しているこの声は。彼はもうこの世にいないのに。そういえば生前よくこうやってイタズラにスマホを使って動画を撮っていたっけ。

今夜、急に鍋を作る気になった理由が自分でもよくわからなかったが、そういうことか。

「…あんたのリクエストだったんだね」

鍋から立ち上る湯気の向こうで、息子が笑顔で頷いた気がした。

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