【1話完結小説】八朔
…ぽぽぽ。
2歳の息子は果物が大好き。最近は特に柑橘類にハマっている。
「はっしゃく!はっしゃく!」
その日も彼は朝からうるさかった。
「はいはい、八朔ね。またばぁばに送って貰おうね。今日はこれしかないよ。」
洗濯物を干そうとしていた私は、息子の前に膝をつきなだめすかした。八朔の代わりに買い置きのオレンジを持たせてみる。ぽぽぽ。
「はっしゃく!」
先日、田舎の母から送られてきた八朔をよほど気に入ったらしい。息子はオレンジを放り投げ、急に大声で泣き出す。あーあ、痛んじゃうよ、勿体ない。ぽぽぽ。
「食べ物は投げちゃダメ。八朔はこないだ全部食べちゃったからもうナイナイだよ。」
私は息子に優しく話しかけるが、全く落ち着く気配がない。ますます泣き声を張り上げ、窓の外を指さし地団駄を踏んでいる。ぽぽぽ。
「はっしゃく!はっしゃく!」ぽぽぽ。
アパート1階角部屋とはいえ、あまり騒ぐとご近所迷惑になってしまう…。私は少し焦り始めた。いや、平日午前中という時間帯、他の住民は仕事でほぼ留守かもしれない…と自分に言い聞かせ無理矢理心を落ち着ける。ぽぽぽ。
「はっしゃく!はっしゃく!はっしゃく!」ぽぽぽ。
息子はなおも窓の外を指さしながら顔を真っ赤にして騒ぎ立てる。外に行きたいのと八朔が食べられなかったことで、気持ちが爆発してしまったのだろうか。TVから賑やかに流れる大好きな幼児番組のオープニングに見向きもしない。ぽぽぽ。
「お外ね。お外行きたいのね。わかったよ、じゃあ後でお外行こっか!そうだ、ついでにスーパーで八朔売ってるか見に行こうよ!一石二鳥だね!」ぽぽぽ。
「はっしゃくーーーー!!!」ぽぽぽ。
「うんうん、じゃあママがこのお洗濯物を干し終わるまでもうちょっとだけいい子で待っててね。」ぽぽぽ。
物干し竿のある掃き出し窓を開けようとすると、息子が泣きながらとてとてやってきて、私の足にしがみついてきた。涙か鼻水か、生暖かいものを足に感じる。どうやら私が洗濯物を干すことが気に入らないらしい。ぽぽぽ。そろそろ少し理解力をつけてくれないだろうか。これを干してしまわないと出かけられないというのに。ぽぽぽ。癇癪を起した子供の扱いってどうすればいいのだろう。私だってまだ母親歴2年のひよっこなのだ。こういう時のベストな対応が全く分からない。ぽぽぽ。とりあえずジタバタする息子を抱っこして後ろへそっとおろす。それから、掃き出し窓を勢いよく開けた。ぽぽぽ。
「は っ し ゃ く ! ! !」
開け放った掃き出し窓からびっくりするくらい冷たい3月の風がすぅーっと私の横をすり抜け、部屋に入ってきた。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。予想外の冷たさに気分が引き締まる。ぽぽぽ。今日はあったかい格好をして、ぽぽぽ、スーパーのあとは公園にでも寄ってみようか。ぽぽぽ。思いっきり運動させれば息子もスッキリするかもしれない。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
「はっしゃく!!!はっしゃく!!!」
後ろで息子がまた一層声を大きくした。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
洗濯物を手早く干し始める。ぽぽぽ。急げ急げ。ぽぽぽ。あまり時間をかけると息子がどんどんヒートアップしてしまう。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
しかし、ぽぽぽ、いつもは比較的聞き分けの良い息子だが、ぽぽぽ、今日に限ってどうしたのだろう。ぽぽぽ。こんな風に癇癪を起こすのって珍しい。ぽぽぽ。自我が強くなってきたということだろうか。ぽぽぽ。これも成長過程のひとつかしら。ぽぽぽ。さぁ、ぽぽぽ、あとは靴下類を干せば終わり。ぽぽぽ。ああ、ぽぽぽ、でもあのスーパーに八朔なんてあるかしら。ぽぽぽ、…もし売ってなければ他のまだ食べさせたことのない柑橘類を買ってみようか。ぽぽぽ。グレープフルーツじゃ2歳にはちょっと酸っぱすぎるかな。ぽぽぽ。デコポンとかあったらいいな。ぽぽぽ。いっそのこと缶詰め蜜柑でも。ぽぽぽ。うん、ぽぽぽ、なんなら蜜柑の粒がまるごと入ったゼリーでも喜ぶだろう。ぽぽぽ。
「はっしゃく!!はっしゃく!!はっしゃく!!」
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
「はいはい、もう少しよ。あと10秒かな。いーち、にぃー、さぁーん…」ぽぽぽ。ぽぽぽ。
私は後ろで聞こえる息子の声に焦りつつ、ぽぽぽ、急いでぽぽぽ靴下をピンチにぽぽぽつけてぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽ…
「はっしゃく!ヤダ!ヤダ!ヤァダアァァァアァァー……!!」
「…えっ、八朔イヤなの!?」
先ほどまでと正反対の息子のセリフ。その悲鳴のような叫び声に私が驚き振り向いた時、彼の姿はすでに消えていた。
アパートの外で、泣き声が聞こえた気がした。玄関を開けて飛び出してみたけれど、そこにはいつもと変わらぬ景色があるだけだった。意外にも3月の風は先ほどと打って変わってやたら暖かい。穏やかな日差しが私の足もとに黒々とした影を落としている。
それっきり、私が息子の声を聞くことは二度となかった。
***
「八尺様」という都市伝説を知ったのは、その後随分経ってからだ。
あの時、のんきな私には何も見えていなかった。幼い息子は窓の外に一体どんな恐ろしいものを見ていたのだろうか。今となっては知る術もない。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。ぽぽぽ。
八尺様
八尺様(はっしゃくさま)は、2008年8月26日に匿名掲示板「2ちゃんねる」オカルト板のスレッド「洒落にならないほど恐い話を集めてみない?196」に投稿された怪談に登場する、身長が8尺(240cm)あるとされる女性の妖怪。田舎に出没し、白いワンピース姿で、「ぽぽぽ」という声を発する。魅入った子供をどこかに連れ去ってしまうことから恐れられている。
Wikipediaより引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B0%BA%E6%A7%98
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ここまでがnote創作大賞応募作品となります。
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