日本のマジック・リアリズム(改訂版)
団塊の世代 の錚々たる作家達(中上健次 1946年生まれ、立松和平1947年生まれ、津島佑子 1947年生まれ、永山則夫1949年生まれ、村上春樹1949年生まれ)の中で、なんといっても好きなのが津島佑子です。
盟友ともいえる中上健次*1 が「枯木灘」(1977年)、「鳳仙花」(1980年)と自身のスタイルを確立していった頃、津島佑子は短編「歓びの島」(1978年)、長編「山を走る女」(1980年)など独特のリアリティを持つ作品を書き、その後も多くの名作を残しました。(残念ながら2016年に肺癌のために亡くなりました。)
2008年のこの作品「あまりに野蛮な」は、1930年、日本統治下の台湾で、少数民族セデック人のグループが霧社公学校の運動会を襲撃した霧社事件を取り上げています。
この事件について、僕は何も知らなかった。この事件をどう捉えるにせよ、知らないというのは全くまずい。台湾の先住少数民族と日本人の関係を、それまで考えた事はありませんでした。その事を喚起してくれただけでも、僕にとって十分に価値があります。
しかしこの小説は、この事件についての事実を追って書いたという様なシンプルなものではまりません。いくつかの話が複雑に錯綜して進んで行きます。
1931年台湾へ赴任が決まった恋人への女性の手紙。その後の台湾での生活。また手紙。
2005年に台湾を訪れた日本女性のストーリー。
それぞれに発展しながら、代わる代わる現れ、現実と幻想がもつれ合いながら、霧社事件とも絡まっていきます。とてもダイナミックです。
そしてそれらのどれとも異質なスタティック で不思議な文章で、小説は始まり、終わります。
何が野蛮で、何が文明なのか、混じり合い、錯綜して分からなくなります。
津島祐子が、アメリカの作家ウィリアム・フォークナーに強い影響を受けたというのは聞いていました *1。これはまさにフォークナーを想起させるマジック・リアリズム的作品です。しかしフォークナーの真似事ではなく、独自のリアリティある世界になっています。その独自性が、かえってよりフォークナーの事を喚起するのかもしれません。フォークナーも他に類を見ない独特な作家でした。
中上健次が、フォークナーの「ヨクナパトーファ・サーガ」の影響から紀州熊野を舞台とした「紀州サーガ」と呼ばれる一連の作品を描いた事はよく語られますが、マジック・リアリズムという意味では、日本人の作家でそれを吸収消化し、独自のリアリティある小説を作り上げたのは、なんといっても津島祐子ではないかと思います。
*1 最初、津島裕子が中上健次について「中上は女になりたかった。でもなれないから男の暴力的な世界を描いた」と言ったと書いた。こういった趣旨の発言をする津島裕子の映像を見た記憶があるのだけれど、 どうも出どころがはっきりしないので、本文からは抜きました。分かる人がいたら、ぜひ教えてください。
津島裕子は「アニの夢 私のイノチ」(P+D BOOKS 小学館)の中で、中上健次について率直な思いを綴っています。中上の作品についても、興味深い見解を述べています。その中で中上が「鳳仙花」のあとにも、女性を主人公にした小説を試みたしたがうまくいかず、基本的に男性を主人公にした物語へと戻っていった事とその事についての津島裕子の見解が述べられています。先に上げた発言よりも、より立ち入った分析でとても興味深い。ウィリアム・フォークナーについても中上について述べ、当時の背景について述べる中で
と自身もフォークナーに強い影響を受けた事を述べています。こちらの本もお勧めです。
P.S.今回、再度文章をここで上げてしまってから、 津島裕子の作品の中でこれが最初のマジック・リアリズムの試みだと誤解させる文章だと気付き、遅ればせながら訂正しました。実際は僕の読んだ順番でたまたまこれが、最初にそう感じさせる作品であったというだけなのです。うまく誤解のないように直っていればいいのですが。まったく情けない限りです。ご容赦下さい。
m(_ _)m
昨年5月にブックカバーチャレンジがはやった時に、ただ本のカバーを紹介すれば良かったのを知らずにinstagram(philosophysflattail)書いた記事その⑤でした。
2021.11月末改定。