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普段は写真はInstagramへ。棲み分け大事。でも、たまにはこちらにも… (Instagram @tatsu_kichi)
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#超ショートショート

名前を知らない木だから

名前を知らない木だから

昔流れていたCMは嘘ではなかった。
「この木 なんの木 気になる木 名前の知らない木ですから」
まさにそのとおり。
台風で折れた枝もそのままの木を、いつも見上げる。

近くには栗林がある。
白樺の群生もある。
ニセアカシアも身を寄せ合うように立っている。
栗は誰かが植えたものだし、白樺もニセアカシアも時々間引かれるのを見ると誰かが管理しているのだろう。
この木の斜め向かい側に大きな朴木があった。

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この裏切りは・・・

この裏切りは・・・

ずっと僕は勘違いをしていた。
僕は君を裏切った。ずっとそう思っていた。
君の一番そばにずっといると言葉にして誓ったのに、僕は君を裏切って、僕は彼の娘と結婚した。
「おめでとう」と笑う君の顔が見れなくて、「おめでとう」の言葉が信じられなくて、あれ以来、僕は君の一番そばから少しずつ距離を置いた。

今までと少しも変わらぬ笑顔を向けながら、君は少しずつ僕から遠ざかり、仲間と共に笑い合う。
そうか、君が僕

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春を待たずに

春を待たずに



もうすぐ春が来るという。
春を迎える支度をしよう。
思い立ってカーテンを開けたら、窓枠で蝸牛が死んでいた。
殻だけ残した蝸牛の体は何処へ消えたのだろう?
いつから此処に居たのだろう?
どうして此処に居たのだろう?

冬の終わりを告げる雨は、どこか投げやりに思えてしまう。
折角開けたカーテンを黙って引いたその向こうで、雨が今日も降っている。

蝸牛の殻を付けたまま、今日も春を待っている。

この町の何処かに

この町の何処かに

この町の何処かに忘れてきた何かを探している。
そういう日々の送り方をしている。
いつ、どこで、なにを、どのようにして忘れてきてしまったのかもわからない。
そんなものを探しているような気がする。

足下に転がっている。
隙間に挟まっている。
木の葉に埋もれている。
そんなものを見つけては、それは自分のものではないと首を振る。
誰のものかもわからないものを、自分のポケットに入れて、歩き出す。

誰に伝

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Flower - 花は美しいばかりではない

Flower - 花は美しいばかりではない



花がじっとこちらを見ている。
何も言わずに、お前のすべてを知っているぞ…と。
花から目をそらし、花に気がつかないふりをする。
そのすべてを抱いたまま花は散る。
花が散ったことにすら、気がつかなかったふりをする。
やがて、花がそこにあったことすら忘れてしまうときがくる。

ばりばりと屍体を喰らうのは桜の樹ばかりではないんだよ・・・と彼は言った。

そして、その人の庭の花は、まるで獲物を待ち受ける

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magnolia

magnolia



その香りがマグノリアの香りだなんて知らなかった
密やかな甘さの中にどこかしら尖った、いや違うな、表現に難しい謎めいた香りを、わたしは長いことそこからは見えない何かしらの花の香りと思っていた
「この香りは…」と言いかけたわたしの隣で、彼女は「マグノリア」と短く答えた
「夜に香るのよ」
真昼の空の下で彼女は言った

月の裏切り
月は裏切っちゃいない
ただ君が月のせいにするだけだ
そして夜
マグノリ

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キミガイナクテ

キミガイナクテ



いつもそこに居たキミはもう居ない。
声も影も気配もない。
最初からキミが居なかったかのような顔をして、街は今日も動いている。
それを眺めるボクは、何処か途方に暮れた気持ちになる。

キミにために用意した席にはいつの間にキミじゃない人が当たり前のように座っている。
ボクが用意したこの席にも、いつか誰かが座るにだろうか?
今はまだ空席のままのこの席が、唯一キミが居たことを証明しているかのようで、ボ

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迷い子

迷い子



此処じゃない何処かへ行きたくて 
でもそれは「逃げ」でしかないことだとわかっているので 
此処で踏ん張っている… 
というのも実はカッコつけているだけで 
単に此処から何処かに飛び出す勇気も金もないというだけの話

もうすっかりわからなくなった
どこに行こうとしてたのか
何をしようとしてたのか
何かをしようと思うけど
何も思い浮かばない
こうして立っているだけというのも何なので
とりあえず景色

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楽園

楽園



何もない町だった
「町だったところ」と言うのが正しいかもしれない
町の人は全て、便利な隣の町に移っていった
ここは無用の町だった
小高い丘にある強固な建物と少し離れたところに風車がひとつだけ、ぽつんと置いてけぼりをくらったかのように佇んでいた
かつては動いていたであろうそれは、今では強風に軋むように揺れるだけだった
私はこの丘を、この町を買った
無用の町は子どもの玩具とかわらぬ金額で私のものに

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