「思い込み」からのエスケープ
column vol.946
最近、同世代と話していると「歳のせいか、物忘れがひどくて…」という言葉が、「老眼がひどくて…」と並んでよく飛び交います。
私もどちらの言葉にも共感していたのですが…(汗)、前者はもしかしたら…気のせいかもしれません…
実は…、「老いによる記憶低下」というのは単なる思い込みの可能性が高いのです…
〈東洋経済オンライン / 2023年3月1日〉
まさかの展開に若干ドキドキしますが…、真相に迫ってみたいと思います。
若者と変わらない「記憶力テスト」の成績
アメリカのマサチューセッツにあるタフツ大学が「年齢による記憶力の低下」についての実験を実施。
18~22歳の若者と60~74歳の年配者を対象に、各世代を2グループに分け、記憶力テストを行いました。
内容は、たくさんの単語が書かれた「単語リストA」を見せて、なるべく多く記憶してもらった後、別の「単語リストB」を見せ、その中から単語リストAにもあった単語を当ててもらうというもの。
しかし、各グループの被験者には、テストの直前でそれぞれ別のメッセージを伝えます。
グループ1の被験者には、「これから記憶力テストを行うこと」「このテストは通常、高齢者のほうが、成績が悪い」という説明を伝えます。
一方、グループ2の被験者には「これから心理学のテスト」を行うことを伝え、年齢や記憶に関しては何も言及しませんでした。
すると、グループ1の若者と年配者の正答率は
だったのに対して
グループ2の若者と年配者の正答率は
と、ほぼ変わらなかったのです。
この結果から、老いによって記憶力が衰えるというのは、ただの思い込みである可能性が示されました。
実際、神経科学的研究によっても、脳細胞が年齢で減少することはないと近年報告されています。
60~74歳の方々で変わらないのであれば、40代の我々も同じでしょう。
「思い込み」の怖さを少し感じていただけたでしょうか?
記憶力ではなく「モチベーション」の低下
そうなると気になるのが「何で思い込みが生まれたのか?」という疑問です。
しかしそれは、きっと多分、遥か昔の人たちが
みたいな感じで定説が生まれたはずです。
ということで、ここは科学的知見の力を借りることにします。
脳神経科学者の大黒達也さんによると、それは脳の低下ではなく「モチベーションの低下」が原因のようです。
この流れを簡単に説明させていただきます。
まず、人間には「内発的報酬」と「外発的報酬」という2つの報酬があります。
内発的報酬は知的好奇心など心の中が満たされること。
一方、外発的報酬というのは金銭など外部から与えられるものです。
ある研究によると、外発的報酬が過剰な適応を招くと、結果として内発的モチベーションが低下するそうです。
仕事で言えば、好きなことをしたいと業界・会社に飛び込み、最初は仕事自体にやりがいや楽しみを感じていた(内発的報酬)ものの、年収や出世など外発的報酬を受け続ける(競争させられ続ける)ことで、「お金のため」「出世のため」という風に置き換わってしまうということです。
さらに、別の実験なのですが、絵を描くとリボンと金色の星が貰えるという条件を子どもに与えると、どのような報酬がもらえるかわからない子どもよりも絵を描いて遊ぶ時間が短くなったそうです。
これは、事前にどのくらい報酬が貰えるか分かると、活動そのものに関心がなくなってしまうということを示しています。
つまり、年齢を重ねるごとに、知的好奇心(内発的動機)が低下することが、記憶の妨げになっているというわけですね。
「会社人生の終わり」は新たな始まり
よく組織論において「20%の優秀な人がいる」と言われていますが、そういう人たちは仕事の中で次々の「新しい好奇心」を自分の心の中につくれる人なのでしょう。
その上、我らミドル世代は特に、会社において「外発的報酬」の限界が見えてくる年代とも言えます…
この世代は、「 “これぐらいのポジション” で “これぐらいの年収” かな?」と、大体のピークが見えくる。
さらに50代になると役職定年を迎える会社も増えてくるでしょうから、外発的報酬でモチベーションを上げることが、ますます難しいというわけです…
しかし、そんな悩みを抱えている方に光明を差してくれるのが、ダイヤモンドオンラインの【役職定年は「戦力外通告」ではなく“大きなチャンス”である理由】という記事です。
〈DIAMOND online / 2023年2月28日〉
『定年楽園』の著者で、経済コラムニストの大江英樹さんは
と発破をかけてくださっています。
今の世は「1億総セカンドキャリア時代」。
会社人生の終わりは、新しいキャリアの始まり。
ここでも「この会社でのキャリアは終わり」「打ち止め」という思い込みを捨てた方が良さそうです。
再び「内発的報酬」を取り戻す日々へ
大江さんは、役職定年を迎え一兵卒に戻ったら、自分の業務以外の時間を全て自分に使えるから、「セカンドキャリアを考えたらチャンスである」と勇気づけていらっしゃいます。
昨今はスタートアップ企業も増えてきていますが、そういう企業は、本業については優れたスキルやノウハウを持っていたとしても、経理や営業、法務といった部分は、まだそれほど強くない場合が多い。
今の会社では当たり前の専門性であっても、そうした企業が己の能力を必要とする可能性が高いのです。
まずは副業を皮切りに、外の会社を知ることで、自分の専門性が見える化できますし、その上でどこでも通用しやすいようにリスキリングも含めて汎用性の利くポータブルスキルとして磨いていけば、可能性は広がります。
しかも、スタートアップということで言えば、自分自身で起業しても良いわけです。
62歳という年齢で会社を立ち上げた “シニア起業家” の南重信さん曰く、人には2度起業しやすいタイミングがあるそうです。
〈ABEMA TIMES / 2023年2月21日〉
1度目はリカバリーの効きやすい20代。
そして2度目は子育ても終わり、年金も手にすることができる60代。
実際、中小企業庁が発表している「2017年版中小企業白書」で起業家の年齢別の割合を見てみると、緩やかであるものの、60歳以上の起業家の割合が増えています。
来るセカンドキャリアを思い浮かべて、自分の新しい可能性への期待を膨らませていく。
期待が外発的報酬から内発的報酬への揺り戻しを行ってくれるはずですので、学習意欲も湧いてきます(記憶力も甦る・笑)。
そうして、今の会社にいながら残りの10〜15年をモチベーション高く過ごしていければ、まだまだ「想像していなかった自分」に出会える機会はあるでしょう。
自分への期待を失わないことが、結構重要なのかもしれませんね。