【高校音楽Ⅰの授業実践③】ジグソー法によるバッハの授業③
福島県立安積高等学校で実際に行っている音楽の授業を紹介します。
今日のテーマはJ.S.バッハが作曲した名曲中の名曲「マタイ受難曲BWV244」の3時間目です。①で説明した通り、この曲は、マタイの福音書に基づき、イエス・キリストの最期の3日間を、修辞学など当時の作曲技法の粋を集めて描いたものです。
3時間目のこの時間は、ジグソー活動となります。
過去の記事はこちら
1時間目「ジグソー法によるバッハの授業①」
2時間目「ジグソー法によるバッハの授業②」
前回のエキスパート活動で別々の知識を得た班員たちが、この時間は元の班に戻り、協働して「第14曲レチタティーヴォ」に取り組みます。この曲は、音画や数象徴、音程や和音、旋律線など多種多様な修辞学的表現がありますので、楽譜の宝探しゲームとしては最適だと思っています。
そもそもなぜ音画?
楽譜上に図形的に表現する「音画」や音型に特定の意味を持たせる「フィギュレーション」のような修辞学的な表現技法は、どうしても客観性が乏しく、授業のテーマとしては適切ではないとお考えの方も多いかもしれません。
それでもあえて、このような内容を取り上げているのは、「音楽は才能の世界」「才能ない自分にはクラシックは理解できないし学んでも意味がない」「ポップスさえわかれば十分」などと考えている生徒が多いからです。また、楽譜についても、「ソルフェージュ力(楽譜から実際の音をイメージする能力)がない自分には無縁のもの」と思いがちです。
そのため、音楽を好きにさせることが最優先!と生徒に人気のあるポピュラーミュージックを中心に授業をされている先生もいらっしゃるかと思いますが、「わかりやすい音楽にたくさん触れているうち、徐々に芸術的な音楽への理解も深まっていく」という考えには個人的に違和感を持っていました。
「初歩は基礎とは違う」
これは、茗溪学園の中等教育シンポジウムで数学者の長岡亮介先生がおっしゃっていた言葉です。「初歩は、いつまでたっても初歩のまま。基礎は、その先にある深遠な学問体系に通じる入り口である。学校教育で学ぶのは、初歩ではなく基礎であるべきである」と。
なるほど、私の違和感はここにあったのか。と腑に落ちました。
だから、たとえ初学者であっても、よく推敲された作品(初めから推敲不要の天才の作品を含む)に触れて欲しい。「授業で流行歌が歌えて楽しい時間だった。だから音楽の授業が好き。」ではなく、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン・・・に直に触れて、それぞれのレベルで面白さを体感して欲しい・・・。
そこで、ソルフェージュの力があまりない生徒であっても十分に理解できるものは? と考えていくうちに、楽譜を図形のように読み解いていく活動は、どんな生徒でも楽しいだろうなぁと考えたのです。子どもの頃の私は、夜空を見上げて星座をみつけることが好きでした。楽譜の中から音画を見つける活動は、星座を発見したときの喜びに似ているかもしれないと。
音画的な手法は、バロック時代で絶滅したものではありません。ルネサンス時代やバロック時代ほど体系的なものではなくなりましたが、現代の作品にもそう読み解くことで表現が豊かになりそうなものは無数にあります。
そして、このような経験は、歌や楽器で演奏する際の表現・ニュアンスを考える上で、大きな足掛かりとなり得ると考えています。
場面設定
大きく脱線したので授業に話を戻します。ジグソー活動の最後には、初見の楽譜(第14曲)からグループで発見したことをプレゼンテーションしますが、私の授業ではその時の条件として次のような場面設定をしています。
補助資料の獲得方法
さらに、楽譜を解読する補助資料の配付方法にもゲーム的な要素を入れています。
各グループとも50ユーロ持っています。それぞれのグループで、楽譜の解説に必要だと考える資料を以下のタイトルから類推して購入する設定となっています。
今時の生徒たちは、さまざまなキーワードやタイトルを検索しながら、何億、何兆というWeb上のデータの中から必要な情報を見つけていかなければなりません。実際にこれらの資料はクラウド上にデータを置いてあり、購入の希望があった資料について、QRコードの印刷された紙片を配付しています。昔はすべて紙媒体の資料を配っていたのですが、授業が終わった後に使い終わった資料が大量に残ってしまっていました。この価格設定についても、何年も試行錯誤して現在の金額に落ち着きました。
また、実際にインターネット上の情報に自由にアクセスさせて授業を行ったこともありますが、情報が多すぎるとなぜか結論がみな同質のものになってしまい、授業としては失敗してしまいました。
このほか、聖書、世界史の教科書や資料集、美術の教科書、現代社会の教科書などを置いたミニ図書館も開設して閲覧可能としたり、楽譜の分析が実際の音とあまりにも乖離したものとならないよう、楽譜にタイムラインを付けた音源動画を作成し、何度でも好きな時に繰り返し視聴できるようにしています。
教員は、各グループの会話を盗み聞きしながら、「面白い視点だね」とか、「だったら、こうも考えられる?」とか、簡単な言葉をかけているだけです。 何かを発見した生徒が、他のメンバーに説明した時に漏れ聞こえる「すげー」とかいった素直な反応は、くやしいけれど教員による授業ではなかなか得られないものです。
大人が説明するのではなく、同級生が発見することで、自分にもできそうという学びのモチベーションとなっているように思います。もちろん、直前のエキスパート活動により、班員それぞれが異なる知識を持った状態なので、1人ですべてを見つけてしまうということもあり得ません。
実際のプレゼンテーションの様子については、④の4時間目の記事に続きます。
今回は、楽譜の解説に関する内容がありませんでしたが、未来の生徒がこの記事を読んでしまうと、正しく評価できなくなってしまうので、ご容赦ください。笑
(文責:鈴木敦)
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