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『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』:2001、日本

 20世紀に流行した全ての物が揃っているというテーマパーク、“20世紀博”が春日部に誕生した。野原しんのすけの両親・みさえ&ひろしも含めて、大人たちはテーマパークに夢中になる。テレビで「明日の朝、お迎えに上がります」という20世紀博からのお知らせが流れた翌日、春日部の大人たちはオート三輪の荷台に乗り、姿を消した。

 しんのすけの家に、風間くん、ネネちゃん、マサオくん、ボーちゃんという、かすかべ防衛隊のメンバーが集まった。しんのすけたちはテレビの臨時ニュースを見て、全国の大人達が消えたことを知る。子供たちは、大人のいない町で時間を過ごした。だが、夜になっても大人たちは戻らず、急に街灯の消えた町に怯えて、子供たちは家に帰った。

 電気の消えた野原家に戻った防衛隊の面々は、ラジオから流れる声を聞く。それは、20世紀博を作った組織“イエスタディ・ワンス・モア”のリーダー、ケンからのメッセージだった。ケンは、「親たちは20世紀博で楽しく過ごしており、時間は逆戻りを始めている。迎えが行くから、それに乗れば親に会える」と告げた。

 子供たちは家から飛び出し、迎えのオート三輪に乗った。だが、かすかべ防衛隊の面々だけは、それが罠かもしれないと警戒し、乗らなかった。だが、翌朝8時になるとケンたちが捕まえに来るため、しんのすけたちはサトーココノカドーに隠れることにした。

 翌朝8時になり、すっかり寝過ごした防衛隊の面々は、ひろしやみさえたちに捕まりそうになる。幼稚園バスに乗り込んだ防衛隊の面々は、ケンたちに追い掛けられる。しんのすけたちは幼稚園バスで20世紀博に突入し、大人たちを助け出そうとする…。

 監督&脚本は原恵一、原作は臼井儀人、演出は水島努、プロデューサーは山川順市&和田やすし&福吉健、チーフプロデューサーは茂木仁史&太田賢司&生田英隆、キャラクターデザインは末吉裕一郎&原勝徳、作画監督は原勝徳&堤のりゆき&間々田益男、絵コンテは原恵一&水島努、美術監督は古賀徹&清水としゆき、撮影監督は梅田俊之、ねんどアニメは石田卓也、編集は岡安肇、録音監督は大熊昭、音楽は荒川敏行&浜口史郎。

 声の出演は矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、真柴摩利、林玉緒、一龍斎貞友、佐藤智恵、津嘉山正種、小林愛、納谷六朗、三田ゆう子、松尾銀三、北川智繪、関根勤、小堺一機、滝沢ロコ、高田由美、富沢美智恵、三石琴乃、京田尚子、稀代桜子、鈴木れい子、玉川紗己子、荻原侚子、大塚智子、茶風林、神奈延年、江川史生、岡野浩介、大西健晴、鈴村健一、児島ちはる、池本小百合、宇和川恵美、工藤香子、伊藤健太郎ら。

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 臼井儀人の漫画を基にした人気TVアニメの劇場版シリーズ第9弾。
 TVシリーズのレギュラー声優陣の他、ケンの声を津嘉山正種、チャコの声を小林愛(TEAM発砲B・ZIN)、TVから聞こえてくる様々な人物の声を関根勤&小堺一機が担当している。

 隠れながらの逃亡劇やカーチェイス、終盤のタワーでの攻防など、子供にも分かるような面白さ、笑えるシーン、興奮できるシーンもある。
 しかし、この映画は子供たちよりも、その子供たちを劇場に連れて来る親をメイン・ターゲットにしている気がする。

 この映画は、ノスタルジーを思いきり刺激する。
 ベッツィ&クリスの『白い色は恋人の色』やBUZZの『ケン&メリー/愛と風のように』といった曲を流し、かつての子供たちが夢中になったヒーローやヒロインに似たキャラクターを登場させ、1970年代の風景を、匂いを持ち込む。そして、「あの頃は良かったなあ」と、大人たちに思わせる。

 1970年代には、確かに未来への夢と希望があった。
 しかし、「昔は良かったね」とノスタルジーに浸っているだけでは、それこそ未来への夢も希望も無い(劇中、当時は進歩の象徴だった万博が、懐古主義の象徴と化している皮肉がある)。
 だから、この映画は「家族愛」をキーワードにして、現実の未来を生きろと訴えかける。

 この映画は、ひろしに「家族のために生きる幸せ」を思い出させ、ノスタルジーの世界から呼び戻す(ひろしが回想によって自分を取り戻し、泣きながらしんのすけを抱きしめるシーンが感動的)。しんのすけに、どんなことがあっても家族と一緒にいたいと語らせる。
 過去に戻らず、今のままでいるのでもなく、未来へ歩こうとするのだ。

 確かに、21世紀の現在には夢も希望も無いかもしれない。しかし、だからこそ、夢と希望のある未来を作るために、前を向いて生きていこうと背中を押すのだ。
 懐かしさに逃げてばかりじゃいけない。未来へ向かって歩けと、大人たちにエールを送る。

 あの頃に帰りたいと思う気持ちを、多くの大人たちが抱いたことがあるだろうし、それは自由だ。しばらくの間、ノスタルジーに浸るのもいいだろう。
 だが、ノスタルジーの中で生き続けることは出来ない。
 今という時間は、明日に向かって動き続けているのだ。

 いくら懐かしんだところで、あの頃に戻ることは出来ない。過去に向かって歩いて行くことは出来ない。
 大人になった人間が、再び子供に戻ることは出来ないのだ。
 もし物理的に可能になったとしても、それは現在を、そして未来を放棄することになる。

 夢や希望を見つけ出すことが難しくなった現在の日本を痛烈に批判しながらも、だから昔に戻ろうと、完全に諦めているわけではない。子供の頃に夢見た、憧れた21世紀は訪れていない。
 しかし、それでも前に向かって歩いて行こうよと、この映画は語り掛ける。心の豊かさを失った人々に、「もう一度、未来を信じてみよう」と語り掛ける。

 ケンは、ひろしたちに告げる。「本気で21世紀を生きたいなら、行動しろ。未来を手に入れてみせろ」と。その言葉は、これを見た大人たちへのメッセージでもある。ちっとも説教臭くならず、押し付けがましくならずにメッセージを訴えかけて来る。
 説教臭くならないからこそ、この映画は子供向けアニメの領域を完全に超越した傑作と成り得たのである。
 ただ、「『クレヨンしんちゃん』が大人向けの感動作品になって、それで本当にいいのかなあ」という疑問も、全く無いわけではないけどね。

(観賞日:2003年11月7日)

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