マガジンのカバー画像

ハリウッドも認めた異能の映画人・佐野雷次 (note改訂版)

28
佐野雷次は1960年代から1980年代に掛けて活躍し、主にアクション映画やホラー映画を手掛けた監督・俳優である。雷次はアメリカにも進出して地位を築き、2009年に発表された映画雑…
運営しているクリエイター

#大映

《十三. エロ映画で大映とお別れ 》

 テレビに押されて斜陽の一歩を辿る映画界の中で、特に大映と日活の二社は経営不振に苦しんで…

《十二. 独立への決意 》

 看板俳優である市川雷蔵の死は、大映にとって痛すぎる打撃だった。雷蔵の穴を埋められるよう…

《十一. 幻の市川雷蔵主演作 》

 竜子と結婚した直後、雷次の元には、大きな意味を持つ仕事が舞い込んできた。市川雷蔵から直…

《八. 峰岸徹を走らせろ 》

 田宮の解雇で会社の屋台骨が傾く中、永田は経営立て直しの戦略として、一人の若手俳優を売り…

《七. 田宮二郎が二人いる 》

 大映では「時代劇は京都撮影所、現代劇は東京撮影所で製作する」という住み分けがあり、雷次…

《六. 血まみれの成田三樹夫 》

 『おしゃべり奇想剣』をヒットさせた数ヶ月後、雷次は永田社長に呼び出された。雷次の手腕を…

《五. 謎の俳優、山田頼児 》

 『妖民の島』以降、雷次が大映で監督した作品には、全て「山田頼児」という役者が出演している。山田頼児が演じているのは、全て斬られ役などの端役だ。大部屋俳優なら、他の監督の映画にも出演しているはずだが、雷次の作品以外で名前を見ることは無い。  察しのいい人ならお分かりかもしれないが、これは雷次の変名である。  この当時、監督が俳優としても出演するのは珍しいことだった。例えば黒澤明や小津安二郎が自分の映画に出ることを想像してみるといい。そんなのは、有り得ないことだ。田中絹代のよ

《四. おしゃべりな刀と墓場の鬼太郎 》

 『妖民の島』をヒットさせた雷次だが、それをきっかけに次々と監督を務めるようになる、とい…

《三. 人造人間と侍 》

 『弥太郎笠』と同じ年の12月、雷次は『お坊主天狗』という作品を撮っている。これも『弥太…

《二. チャンバラのニュータイプ 》

 雷次は風太に言った通り、その後も撮影所通いを続けた。そして彼が楽観視した通り、怒られた…

《一. 小さな監督志願者 》

 1941年4月1日、雷次は東京市(現在の東京都)葛飾区で佐野家の次男として産まれた。父…