経典の「色即是空」も、平安時代の「遊びをせんとやうまれけむ」(梁塵秘抄)も、鎌倉時代の「無常観」も、江戸時代の「浮世」思想や「ええじゃないか」も、根っこは同じで、既に生きる意味を考えること自体「空」「無」「仮」であることは昔の人も分かってて「今ここ」志向にシフトしただけなのでは?
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