【創作SS】苺神楽
舞うイチゴ。
ハウスに足を踏み入れた大沼は、そんな言葉を頭に浮かべた。3段の棚に配置された苗から踊るようにして実が飛び出していた。
先に入っていた中島が最後尾にいた深谷の方を振り返る。目が少年のように輝いていた。
「オープン前と聞いていましたので、まだ、そんなに実をつけていないと考えてましたが、壮観ですね」
多少のリップサービスはあるのだろうが、弾んだ声だった。
深谷の表情が柔らかくなる。
「今日は3人だけの貸し切りですから、ゆっくりと召し上がりください。練乳はお好みでどうぞ」
深谷は、中川、矢吹、大沼の3人に練乳の入ったカップを渡した。
矢吹は受け取るとずんずんと先に進み、全体の育成状況を確認し始めた。中島は苺を愛でるように、静かに苗に顔を寄せ、スマホで撮影を始めた。大沼は、その場に立ちすくみハウスの中を眺めていた。
この3人。一緒に「ふかや農園」にある苺ハウスの内覧に来たものの、それぞれの立場はバラバラである。
矢吹は市役所農業振興係長の業務として視察に来た。中島は「ふかや農園」に葡萄栽培を委託する発注者として招待を受けた。大沼は
「矢吹係長と中島さんで『ふかや農園』に行くんですか。じゃぁ俺も行きたいです。仕事を休んででも同行しますよ。和雄さんとも会いたいし』
と、市役所の係長ではなく、深谷和雄の知人、個人として内覧に割り込んだ。
「大沼さんも、食べてくださいよ」
立ちすくんでいた大沼は、深谷の声を受けて苺に手をかけると、一粒口に入れて少し固い実を噛んだ。
口の中で何かが弾けた。
脳や胸に電気が走る。
パリッとしたフレッシュな甘さ、柔らかさと固さが混在する歯ごたえ。いや、そういう当たり前の言葉では表現できない、もっと異質な力。小さな実の中から感じる、圧倒的な、味覚とか食感を越えた何か。
命あるいは大地、土地の歴史。
少し大げさな感覚ではあるが、この小さな赤い実が、この土地にある全てのものを含んでいるような、新しい世界の入口のように感じた。
心臓がドクンと脈打つ。
ゆっくりと咀嚼し、胸に響くものを確かめようとする。
飲み込む。
「甘いとか、美味しいとかを越えた、土地の味がします」
大沼は言葉を絞りだした。
「大沼さんは、詩人ですか」
深谷は笑顔を浮かべながらツッコんだ。
大沼はハウスの奥に視線を移した。
(この苺の舞いは、土地やこの地に生きた方々に捧げる神楽なのかもしれない。この地に脈々と流れる深谷家15代、250余年の歴史の味なのかも)
と、考えたが口には出さず、先を行く矢吹、中島を追うようにハウスの奥に進んだ。
(本文ここまで)
#シロクマ文芸部
小牧幸助さんの企画に参加です。
マニアな方はお気づきかと思います。拙著「スプラウト」、そして「元宮ワイナリー黎明奇譚」の外伝となるお話です。
本文にある「太字」は「スプラウト」からのセルフオマージュになります。
黎明奇譚には「大沼、矢吹、中島」の3人が、スプラウトには深谷を加えた4人が登場します。
本作で描写できない4人の関係について、拙著で深堀りしていただけると嬉しいです。どちらも「kindle unlimited」に対応していますので、登録されている方は、費用負担無しでお読みいただけます。
また、毎回のお話で恐縮ですが、福島太郎は「文学フリマ東京36(5月21日)」に出店を予定しています。
この2作品を始め、表には出せない「裏話」をできることを楽しみにしています。
【福島文学 文学フリマ東京36 C-27 推参!】
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でした。最後までお読みいただきありがとうございます。
サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。 皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。