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「時代遅れ」だと思っていた東洋思想が、最先端なのかもしれない件②

こんばんは🌙

前回の続きです。前回の記事はコチラ👇


前回のおさらい

近代以降、世界の発展と繁栄をリードし、人類の「物質的な豊かさ」の向上に貢献してきたのは西洋の思想哲学でした。

とくに自然科学の発展は目覚ましく、あらゆる自然現象を法則化・数式化し、食料の大量生産を可能にし、医療を劇的に向上させ、人類を宇宙空間に進出させ、大量破壊兵器や生物のクローンまで作れるようになりました。

人文科学の領域でも経済学、金融工学、経営学など現代のビジネスシーンでも活用される実学が研究され、地球全体を自由なビジネス競争が覆う世界へとシフトさせていきました。

一方、東洋の思想哲学を積極的に学ぶ人はアカデミックな領域以外ではあまりいませんでした。

ところが、その風向きが「ある時期」を境に変わります。

1980年代から始まったパーソナルコンピュータの普及、そして1990年代から広まったインターネット、つまりIT革命の到来です。

1.はじめに

パーソナルコンピュータとインターネットが普及し始めた頃から、アメリカはシリコンバレーの起業家たちは、こぞって東洋思想に関心を寄せてきました。

Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズが禅に傾倒していたことは有名な話ですが、彼だけではありません。Twitter創業者のジャック・ドーシー、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ、Oracleの創業者ラリー・エリソン、Atari創業者のノーラン・ブッシュネル・・・。事例を挙げればキリがありません。

彼らはなぜ東洋思想に魅了されたのでしょうか?そして、それはシリコンバレーの文化やテクノロジーにどのような影響を与えたのでしょうか?

今回は、そのあたりを探ってみます。

2. シリコンバレーの起業家たちと東洋思想

スティーブ・ジョブズ:禅の哲学とAppleの美学

ジョブズは、日本の曹洞宗の禅僧 乙川弘文師との交流を通じて禅の哲学を学び、それをAppleの思想に取り入れていました。

ジョブズはAppleの全ての製品に「シンプルさ」を極限まで追求させていました。ここでいう「シンプルさ」とは見た目(デザイン)の話ではありません。禅の精神である「無駄を削ぎ落とし、本質だけを残す」という考え方を製品開発の根底に徹底的に取り入れたのです。

ジョブズの自伝

ジョブズは「シンプルさ」についてこのように語っています。

「シンプルであることは、複雑であることよりも難しい。本当にシンプルなものを作るには、徹底的に考え抜かなければならない」

 Walter Isaacson, Steve Jobs, 2011

実際、Appleの製品(Mac、iPhone、iPad)にはシンプルさ=禅の精神が色濃く反映されています。

それまでの工業製品は「機能が多ければ多いほど良い」という価値観のもとに作られてきたことを考えると、ジョブズの「シンプルさ」がいかに画期的であったかがわかります。

私も学生時代、初めてiPodに触れたときは衝撃を受けました。(あのクルクル操作するやつ)

iPod

ジャック・ドーシー:Twitterに流れるタオイズム(老荘思想)

ジャック・ドーシーは、Twitterの生みの親です。(いまはイーロン・マスクに買収され、製品名もTwitterからXに変わってしまいましたが😅)

彼が関心を寄せたのが タオイズム(老荘思想)です。

老荘思想は、儒教と同じ古代中国で生まれた思想です。そのコンセプトを一言でいえば「本質は自然にある」ということです。「ちっぽけな人間による作為を否定し、自然のあるがままに任せ、自由にさせよ」みたいな感じでしょうか。「無為自然」とか「足るを知る」というフレーズが有名ですね。

老荘思想は、Twitterのコンセプトに色濃く反映されています。

Twitter創業者:ジャック・ドーシー

ジャックドーシーは取材でこのように答えています。

「リーダーシップとは、強引に方向を決めることではなく、流れを観察し、最適なリズムを見つけることだ」

 The New York Times, 2013

つまり、主催者がアレコレと意図を講じたり、ユーザーをコントロールしようとするのではなく、シンプルな枠組みだけを作り、そこに自然で自由なコミュニケーションが生まれるのを見守る。まさに「流れに身を任せる」という老荘的な思想の現れです。

最低限の枠だけ作り、あとは成り行きに任せる」なんて、近代西洋思想ではあり得ない考え方です。科学の力であらゆるもの制御し、克服し、コントロール可能と考えてきたわけですから。

たった140文字という文字数制約も「足るを知る」の体現ともいえます。「多けりゃいいってもんじゃない」んです。

ちなみに老荘思想は日本には4世紀頃に伝来し、以来ずっと日本人の思考様式とか価値観の中に溶け込んでいます。(あまりに溶け込み過ぎて自覚できていませんが)。なので「流れに身を任せる」「足るを知る」という考え方に日本人があまり違和感がないのは当たり前なのです。

全世界でTwitterの利用率の高い国がアメリカに次いで日本だったというのも何だかわかる気がしますね笑

マーク・ザッカーバーグ:Facebookと仏教の「縁起」

Facebook社の企業理念は何度か表現が変わっていますが、一貫して変わらないキーワードがあります。それは「つなげる」ということです。

Facebook社(現Meta社)の提供サービスにはどれも「人と人をつなげる」ことに対して並々ならぬ執着を感じます。これは仏教の「縁起」という思想に近いものを感じます。

Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグは仏教に強い関心があり、仏教由来の瞑想も実践していることでも知られています。

彼はミャンマーを訪れ、仏教に触れた際にこのように語っていました。

Facebook創業者 マーク・ザッカーバーグ

「ここに来て、人々がどれほど穏やかで、つながりを大切にしているかを感じた」

マーク・ザッカーバーグのFacebook投稿

仏教の教えの一つに縁起思想というのがあります。一言で言えば「すべてのものはつながっていて、互いに影響し合う。単独で存在するものなどない」という考え方です。

他にも、Oracle創業者のラリー・エリソンや、Atari創業者のノーラン・ブッシュネルは禅や武士道から多くの事を学んだと語っています。

 「私はスティーブ・ジョブズと多くの時間を過ごし、彼の禅的な考え方に影響を受けた。シンプルさを追求することは、最も難しく、しかし最も重要なことだ

フォーブス社 ラリー・エリソンへのインタビューより (2013年)

3. なぜ起業家たちは東洋思想に惹かれたのか?

さて、ここからが重要な点です。

なぜシリコンバレーの起業家たちは東洋思想に惹かれたのでしょうか。
その背景を理解するには補助線が必要です。

カウンターカルチャー

カウンターカルチャー」とは、1960年代のアメリカで当時の若者たちを中心に起きた一大ムーブメントです。冒頭で紹介したように西洋社会は物質的な豊かさを追求してきました。

合理主義や資本主義をフル駆動させ、大量にモノを生産し、大量にカネを消費し、富をガンガン増やそうぜ!

みたいな感じのやつです。

1960年代のアメリカはこの価値観が旺盛でした。キリスト教(プロテスタンティズム)特有の倫理観も上乗せされ、モーレツに生産してモーレツに消費してモーレツに豊かになる、古き良きオールドアメリカンな価値観です。
(いまトランプ大統領が取り戻そうとしているのもコレ)

古き良き時代のアメリカを取り戻そうとしているトランプ大統領

そして、そんなオールドアメリカンな価値観にNoを突きつけたのが、当時の若者たちです。

物質的な豊かさではなく、精神的な充足を追求すべきだ!
「自らの精神を解放し、自由に生きたい!」

そう思った若者たちはどんな行動をとったのか?


こうなりました👇

「ラブ&ピース!!」

画像引用元:https://epokal.com/yellow_column/3441

そう、「ヒッピー」です。

Amazonで売ってるヒッピーのコスプレ (高い)

物質世界に浸かりきったオトナ達が支配する社会を嫌い、精神世界にどっぷり浸かってやろうっていう若気の至りから起きたムーブメントですね。

「伝説の野外フェス」と呼ばれた「ウッドストック」もこのムーブメントの中の出来事です。

伝説のロックフェス ウッドストック(1969)

そんなカウンターカルチャーの熱に浮かされた若者たちが目を向けたのが東洋でした。

なぜ東洋だったのかというと、東洋に息づく「仏教、禅、タオイズム(老荘思想)」が、物質世界から逃れて精神世界に浸かりたい若者たちにとっては絶好の材料だったからです。

そうして精神世界に逃避したい若者が東方(主にインド)に大挙して押し寄せ、そこで仏教の瞑想、ヨガ、タオイズムと出会ったわけです。

余談ですが、日本にもヒッピームーブメントは押し寄せ、加藤和彦など象徴的な人も出ました。「自分探しの旅=インド」という思考様式はこの時に出来たものですね。スティーブ・ジョブズもこの頃、インドに自分探しの旅にいったと自伝に書いてます。

なお、ヒッピーブーム自体は一過性のもので、1970年代に入って徐々に収まりました。オイルショックが起きて「経済的にそんなことしてる場合じゃなくなった」とか色んな要因があったようですが。

しかし、このカウンターカルチャーを通じて獲得した「精神世界への憧れ」がアメリカ社会には燻り続け、パーソナルコンピュータ、インターネットの登場により、その燻りが解放されたのです。

4.アメリカの東洋へのまなざしは続く

カウンターカルチャーを通じて獲得した東洋由来の精神性とコンピュータ産業の興隆が融合して生まれたアメリカ独自の精神性が「ハッカー文化」です。

ハッカー文化」の精神性をキーワードで表すなら「クローズよりオープンを」「中央集権型よりも分散型を」「知識よりも実践を」といった感じでしょうか。仏教や禅に繋がるところを感じますよね。

この精神性はやがて「アジャイル開発」へとつながり、世界中に広がる運動へと発展していくのですが、それは長くなるので別の機会に・・・。

カウンターカルチャーを経てシリコンバレーの起業家たちに与えた東洋思想の影響は、その後個人のレベルにとどまらず、シリコンバレーの企業文化全体にも波及していきました。

その象徴がGoogleの「Search Inside Yourself(SIY)」をはじめとするマインドフルネスの導入です。

「Search Inside Yourself(SIY)」とは?

SIYはGoogleが開発した研修プログラムです。仏教の瞑想をベースにしながら、科学的アプローチを取り入れ「集中力・創造性・共感力を高める方法」として設計されたものです。

SIYの成功によりGoogle社内では瞑想ルームが設置され、マインドフルネスが企業文化として定着しました。その後、Facebook、LinkedIn、Twitterなど他のシリコンバレー企業にも広がり、マインドフルネスは「仕事の生産性を高めるツール」として注目されるようになり、現在では日本をはじめ、世界中の企業で研修プログラムとして採用されています。

5.さいごに

ということで、それまで見向きもされなかった東洋思想が、世界で最も先進的な産業が生まれるシリコンバレーから注目されるようになった流れを紹介してきました。

実際、田口先生はベンチャーキャピタルの仕事で1990年代にシリコンバレーに数か月滞在して現地の起業家たちと接してきたそうですが、彼らの東洋思想に対する熱量には物凄かったそうです。(カフェで席が一緒になると講義をしてくれと頼まれる)

一方で、この時点では日本のビジネスシーンから東洋思想が注目されていないのは変わっておらず、日本の企業から「東洋思想について教えてほしい」という相談が来るようになったのは2000年代に入ってからだったそうです。

さて、ここまでの話で出てきた東洋思想は

仏教、禅、老荘

です。

何か足りてないと思いませんか?

儒教

がないんです。

あと、日本人なら忘れてはいけない

神道

も出ていません。

この2つは世界から興味を持たれていないのでしょうか。相変わらず、時代遅れの思想哲学なのでしょうか?

次回はそのあたりを。



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