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牛頭馬肉、羊頭狗肉 篇
いつになく、と言いますか、通常運行とも言いますか、酒とタバコをこよなく愛する林田の不適切なお話、
にて触れました羊頭狗肉についてご説明しておきたいと思います。この四文字熟語自体は、普通に受験戦争を潜り抜けてきた方であれば、一度は目にしたことがあるかもしれません。しかし、いまいち使い所が分からない語彙でもあります。
この四字熟語は「チノアソビ大全」でも度々、登場しております晏子の逸話が出典となっています。
この中国史上でも五本の指には入ろうかという名宰相、晏子こと晏嬰(あんえい)が最初に仕えた君主が、斉の霊公です。例外はあるものの、諡(おくりな)は、死後に史官が付けることが多く、「霊」という諡を関する君主の統治人生というのは豊かなものではありません。
あるとき、霊公が頭を痛める問題が発生しました。というのも、斉の国の中で、町ゆく女性たちの中に「男装ファッション」が流行していた時期があったのです。現代であれば、ボーイッシュと言いますか、マニッシュと言いますか、女性が男性のようなファッションをする自由は確立されているのですけれども、時は2500年前の中国は春秋の世。女性が男装をする、というのは野蛮人だ、という気分が大いにある時代です。
ちなみに、野蛮という語彙には明確な定義がありまして、これは「王の徳が行き渡っていない」ことを指します。当時の王はその徳によって天命を受けて国を統治しています。その徳が十分に発揮される地を「畿内」、直接、徳を受けているわけではないが、影響力が行き届いている地を「近畿」、近畿より外は「化外の地」、つまり王が徳化することができない野蛮人が住む地域ということになっています。
霊公は暗愚な君主ながら、さすがにこれには悩んでしまうわけです。このままでは斉が野蛮人の地となってしまう。これは中華から外されてしまうことを意味する大問題です。そのため霊公は「男装ファッション禁止令」を出すのですが、町の女性たちの流行は一向に去る様子はありません。
そこで霊公は晏嬰を呼んで「男装ファッションを辞めさせるためには、どうすれば良いか」と訊ねました。この時、晏嬰は
「君主が行なっているのは、肉屋の軒先で、牛の頭を看板にしておきながら、馬肉を売っているようなものです」
と答えました。中国に限らず、乱世の名臣というのは、必ずこういう回りくどい答え方をします。何せ、直接的に物申してしまって逆鱗に触れれば死罪になってしまうかもしれないのです。最初に回りくどい例え話をして、
「ほうほう、して、それはどういうことかね?」
と言わせてから本題に入る。本来、回答、というのはそうでなければならないのかもしれません。
晏嬰は、ファッションが流行るのには必ず原因がある、と言いました。そしてそのファッションの出所は突き止めてみると、霊公の奥さんが男装ファッションを好んでいたことが発端になっていたわけです。大奥のボスたる霊公の奥方が男装ファッションをしている、となると取り巻きの者たちも真似をして気に入られようとする。後宮で流行っているとなると国民も真似していく、という順序で流行していたわけですね。
ところが霊公は、国民には男装ファッション禁止令を出しましたが、奥さんには何も言いませんでした。相変わらず、後宮では男装ファッションが主流だったわけです。これを晏嬰が、
「牛の頭を掲げている肉屋で、馬肉を売っているようなものだ」
つまり詐欺ではないか、と本質を突いたわけです。この逸話は、すぐに世間に知れ渡り「牛頭馬肉」という四字熟語になって広まりました。のちに動物が入れ替わり「羊頭狗肉」として今に伝えられています。
先のプラスチックのお話で、石油社会そのものを見直さないと行けないのに、プラスチックだけを槍玉に挙げて溜飲を下げているのは、環境問題における羊頭狗肉だ、と言ったのはそういう意味なのでありました。
ちなみに、この話を受けて霊公はすぐ後宮でも男装ファッション禁止令を出すと、すぐに国民の間の流行も終わってしまったということです。
(了) 2025 vol.041
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